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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

ガーベラ


衝撃が体を貫いた。辺りが白くなった。地平線の向こうまでずっとヨーグルトのような白さが続いていて、まぶしかった。誰もいないし、音もない。僕の呼吸と鼓動だけ。のっぺりした鉛色の空は、どこが特に明るいわけでも暗いわけでもなく、ただ広がっていた。


宇宙船の名前「ガーベラ」。宇宙速度の自転で発電した永久機関で、光速の98%で移動しつづける、最新鋭の探査船。半冷凍睡眠で時間のチューブに揺られて、赤く花弁のような平たいフィンを回転させる。宇宙線の中から必要な情報を抜き出すコンピューター。僕は彼女のご機嫌取りしかできない。僕の旅はいつどこで終わるのか知らされていない。はっきりしているのは地球を直撃している有害な宇宙線の原因を突き止め、解消しない限り、僕は許されて地球の地を踏むことが出来ないってことだ。僕は映画に出てくるようなヒーローじゃない、借金で人生を追い詰められたただの甲斐性なしだ。


地球において来た恋人。別れ際、涙も笑顔も見せなかった。ハッチを閉じたらきっともう2度と会うことなんかないのに。会えるとしても何10歳も年が離れた二人でしか会えないのに。泣いたってどうなるもんでもないけどな。なんかもう少しなんかあってもいいような気がしちゃったんだ。甘えてるのかな。


ガーベラの操作パネルを開けてアンテナを展開した。ゲージが振り切れて、ありえない値を指していた。間違いない。この星から、宇宙線が照射されている。この星の中心に向けて、核弾頭を積んだドリル弾を撃ち込んでやる。汗ばんだ皮膚を宇宙服越しに感じながら、こんなことなら、と想いが巡る。こんなことなら、もっとまじめに生きておくんだった。俺はあらゆるチャンスを無駄にしすぎた。チャンスがチャンスであったことに、一度だって気づけなかった。見過ごしてきた。二つずつあった贅沢な選択肢のドアを、開けないままいつもうそぶいていた。ちくしょう。ちくしょう。


着地点の座標を腕時計に記録して歩き出した。ここはどこだ。どれくらいの星なんだ。足跡はマシマロの上を歩くように、後から後から消えていってしまう。強く踏みしめても、つま先で引っかいても同じだった。打ち込んだ座標計も、ガーベラからの距離を出すのが精一杯だ。背中の酸素がなくなってしまう前に早く星の大きさを把握しないと。目標がないところをまっすぐ歩くのって困難だ。何かを蒔いて歩こうか。ポケットから宇宙服が裂けたときに貼る緊急用のパッチフィルムを出して、細かくちぎった。50片ぐらいにはなっただろうか。宇宙服のグローブの太い指先からすれば、上出来な方だ。


30歩に一枚、フィルムを地面に置く。フィルムは光を反射する素材で出来ているので、この明るさの中なら、100メートル先ぐらいまで確認できる。まっすぐ進めているかどうか知るためには充分だろう。安心したのもつかの間、いやな予感がした。さっき置いたフィルムのカケラを離れて眺めてみる。しばらくすると水に溶けるようにフィルムが跡形もなく吸い込まれていった。地面に長い時間触れ続けてはいけないのだ。吸い込まれてしまう。はっとして、腕時計を見る。座標計の値が赤く点滅している。慌てて走って帰る。僕を乗せて飛んできたガーベラは、すでにそのほとんどを地面の中へ沈めていた。無理を承知で引き上げようとする甲斐もなく、やがて小さな波紋を残して足元に消えていった。絶望だ。やがて座標計の警告が鳴る。lost。センサーがアンテナを完全に見失った証拠だった。


急に息苦しいような気持ちになる。助かる見込みはないが、酸素はまだ数時間分ある。苦しいのは気のせいだと目を閉じて自分を落ち着ける。落ち着け。落ち着け。


目を開けるとあたり一面に赤い花園が現れた。匂いまである。おかしいんだ。花だらけ、彼岸花だった。青い空の下で茎だけがすっと伸びて、アップにした女の子の髪の毛みたいなでかくて赤い花がついたアレ。本で読んだことがある。宇宙のトラブルで極限状態になったパイロットはトーストに塗ったバターの匂いや、懐かしい家の匂いに包まれることがあるって。きっとそれだ。僕は頭がおかしい。


受け止めてあげたかった。何もかも。でもその気持ちは、むしろ自分自身を許しつづけてもらいたかった裏返しであったような気もした。僕は逃げていて、逃げつづけたまま、居心地の良い場所を探していた。痛みに目を背けて、僕はただ逃げていた。怖かった。


別れ際の君の顔を思い出す。おさえた表情の向こうで、支えた下腹部の丸み。手を伸ばす。指先が触れそうな気がしてくる。ホントに今にも届きそうだ。涙が出る。甘えない。今、出来ることを端から端まで全部かき集めて、振り切る以外ないじゃない? OK


抱えたミサイルの蓋を開いた。歩いた距離から概算で星の半径を割り出す。沈んでゆくスピードに合わせてタイマーをセット。星に身を横たえてミサイルを抱きかかえた。ひんやりした緩やかなカーブ。ちょっと落ち着いてきた。このまま中心に向かっていく。沈んでゆく体は星との境目をなくし、やがて目の前のバイザーを白く覆い隠した。乳白色の明るいその世界はなんだか胎内のようだ。温かい。途絶える電波に最後のメッセージ。


ハロー、ハロー、ハロー。
こちらガーベラ、応答どうぞ。
僕は、僕のままでした。


ツーツーツー。


ごめんね。



ガーベラ  作詞・作曲:草野正宗


ガーベラ 汚れたホシの隅 まだ何かを待っていた
アンテナ拡げて あてもない空 扉ふたつ開いて


ハロー ハロー ハロー 闇の中 手が触れた
白い闇の中で


ガーベラ 都合よく はばたけたなら ここにいなかった
チープな定めで 流れ着いたよ 匂いのある花園


ハロー ハロー ハロー ありのまま 受けとめる
今 君のすべて


ハロー ハロー ハロー よろしくね 繋がってる
命に甘えて
ハロー ハロー ハロー ありのまま 受けとめる
今 君のすべて