lovefool

たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

晴れ/雨


晴れ。
屋上に寝そべると空に抱かれているような気持ちになる。まぶたを閉じると赤いような黒いような温度のない空間に吸い込まれて全身の感覚が鋭敏になる。額に触れた冷たく細い指先。コンクリートを滑ってくる日陰の匂いをはらんだ春の風。白いやさしい肌に指先を食い込ませて、引き寄せる。


「ずっと」
「え?」
「ずっとよ?」
「何が」
「わかるでしょう?」


乳房の上にある僕の手を取って閉じ込める。目を閉じて、僕を見ていない。揺れる感情と、たらればの約束。
「君が好きなのは僕じゃなくて、僕とした約束」
違う?


青い空は高く高く澄んでいて、赤く上気した肌と息遣いに埋もれて僕は目を閉じる。本当のことなんて、もう必要ない。新しいことなんか何も知りたくはない。


「聞こえる?」
「‥風の音?」
「違う。ね、聞こえないの?」


耳を澄ましても何も届かない。信じられないという顔。


「ごめん、わからない」


コンクリートに跳ね返った日差し、素肌についた黒い砂粒。届かないそれに手を伸ばして、僕はいつも何を手に入れようとしたんだろう。何も分かってあげられない。


「大きなカメラだね」
「うん」
「写真、どうするの?」
「わかんない」
「大きく焼くの?」
「うーん、焼かない」
「ん?」
「撮るときのバシャって音と手ごたえが好きなの。『今』を閉じ込めた!って気がするから」


僕にも分かった言葉はそれぐらいだ。


唇を伝ってこぼれてくるのは、赤い花びら。君がくれるものにただ感謝する。みんながくれるものに感謝する。忘れない。忘れないよ。


「もう許して」


約束をしたがる人は、自分でそれを破るんだなぁ。ふざけてると思ったけど、気が付いたら僕も泣いていた。悲しいのと気持ちいいのが混ざり合った、馬鹿みたいに晴れた日の出来事。君は笑顔の隅に涙を浮かべ、最後のキスをした。




雨に濡れた。
国道は黒い雲に覆われて、傘がない僕らは靴の中や下着までびっしょり濡れた。あまりの土砂降りに途中から笑う気もなくなって、最初はつないでいた手も凍える自分の体をこするばかりだ。逃げ帰ったホテルの部屋は青く沈んでいて、日に焼けたカーテンの下からカビの匂いがした。体を温めようとバスタブにお湯を張ってくれようとした背中を僕は覆った。叩きつける雨の音が鼓動を弾ませる。少年のような華奢で硬い体。でもいい匂いがした。安いじゅうたんに横たわるオレンジ色の四角い灯り。青く冷えた体。車のテールランプ。跳ね上げた水の音。シーツに移っていく湿り気。唇と舌で温めあう、髪をかきむしる。薄い唇の柔らかさ。長いまつげ。重ねた吐息が窓を白く曇らせる。


目が覚めると案外時間は経ってなくて、ホテルの廊下は修学旅行生だらけだった。安っぽい整髪料の匂いがした。僕らは熱いシャワーで体を温めると、髪にドライヤーを掛けないで揃いの毛糸の帽子を目深にかぶった。雨はもうやんでいた。濡れた地面に映る信号機の赤。喉の奥がじんわり熱かった。


「ベタベタに甘いアイスクリームを買いに行こうよ。ナッツ入りの」


フロントに鍵を預けて慣れない街の夜道を慣れないしぐさで支えあって歩く。腰にまわした指先を撫であう。お互いの、お互いの気持ちと手の位置が定まらない。そのくすぐったさがかわいい。


「ね、似合うかな」
「似合うよ」


キスの代わりに額をくっつけあった。


「さんきゅ」


照れたのか、笑いながら耳を強く引っ張られた。


不完全な動物が支えあう。それがすべてで、それで充分だと思う。不完全な工夫、不完全なやさしさ、不完全な見通し。そこにただ笑顔があればいい。昨日より1ミリでも、ベターな何かがあればいい。ありあわせの材料と、二人分の工夫と、笑顔で、今日と明日を踏み出していく。


「ね、また‥」
「会いたいの?」
「どうかな」
「どうだろう」
「どうなの?」
「どうなのよ」
「ははは」
「どうでもいいの?」
「そっちこそ」


笑いあって、額でキスした。涙目は暗くて見えていないことにした。僕は信じていた。




絵葉書が送られてきた。あの日の笑顔と青空。たった2週間前の「今」だったのに、遠い昔のようだった。レンズに紛れ込んだ光はオレンジ色に燃えていて、君の笑顔を送り出す炎のようだ。現像液が古かったのかな。


僕は誰といくつの約束を積み重ねたんだろう。僕は約束を求めなかったし、僕からはひとつも破らなかったよ。5月の風は不安定な気持ちをさらっていってしまいそうで怖い。確かめるように求めては、ただくたびれた気持ちだけが積み重なっていく。タバコの吸殻みたいに。


呼ばれたような気持ちになって夜道でそっと振り返る。


会いたくなれ。
会いたくなれ。
雨に濡れた犬がくしゃみをする。
やさしい気持ちはいつも雨。