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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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オキワナの旅(中編)


あけましておめでとうございます。今年もほどほどによろしくね。では、誰も待ってないと思いますけど沖縄旅行の続きです。どんぞー。




次の日


9時にホテルを出て、海へ向かった。沖縄といったら海でしょ? 海なの? 途中のドーナツ屋で車を止めて朝ご飯に食べた。コーヒーを飲んだら何だかぬるかったので店員に伝えた。対応は悪くなかったけど、換えを持ってくるまで5分ぐらい掛かった。沖縄の人はのんきだなぁと思った。アメリカ兵らしい太った初老の外人が来ていて、店内のおばあさんと言葉を交わしていた。「半袖、寒くない?」「アメリカ寒いよ、でもオキナワ寒くなーい」。なんかよくわかんないけどほほえましいと思った。近くの電気屋でカセットプレイヤー経由で外部音源を引き込むアダプターを買ってiPodをつないだ。沖縄のラジオは音楽チャンネルが全然みあたらなかったので、これでご機嫌なドライブになった。オザケンスーパーカースピッツおはスタの歌を歌いながら海を目指した。


アメリカンビレッジの中のサンセットビーチについた。砂が白くて、海が緑色。カナは外国の海みたいだとはしゃいだ。観光客らしい人の姿はなかった。耳をつんざくような音がして、見上げるとアメリカの戦闘機が空中旋回の演習をしていた。海の上とは言え、ずいぶん低いところを飛ぶんだなと思った。丘の向こうには競技場と風力発電のプロペラが見えて、そこまで散歩をした。日差しは夏のようだった。


スーパーでお茶や塩を買った。さんぴん茶というお茶を自動販売機を始めとして至るところで見かけるけど、多分ただのジャスミン茶だ。でもそれがうまかった。この空気や空にとってもしっくりきている気がした。何リットルも飲んだ気がする。そんな日差しの中ウィンドウショッピングを楽しんで、中途半端な大きさの赤い観覧車に乗った。半径が小さいのですぐ地上に戻ってきた。暑くて上着を脱いだ。


車に乗って歌を唄いながら海中道路にさしかかって、目の前にまた海が広がった。あまりの気持ちの良さに道路脇に車を停めて降りた。誰もいない。風が強かったけどすがすがしさでいっぱいだった。関東の海よりやさしいチカラがある海だなぁと思った。貝殻をいくつか拾って、海をバックにカナを写真に撮った。車っていいなーって思った。


浜比嘉島に渡って、映画に出てくるような沖縄らしさが途端に増した。漁船のそばに車を停めると、どこからかやせ細った病気っぽい野犬が寄ってきた。腹を空かせていそうなので、一つだけ残っていた沖縄ドーナツをあげた。犬は警戒して1メートル以上、僕に近づくことはなかった。島はちょっとした廃墟みたいな感じになっていて、目に入るものすべての色が薄かった。ジュースの自動販売機も錆びていて使えるのかどうか分からない感じだし「営業中」と書かれた食堂3軒も並んでいながら人の気配が全くないし、島のあちこちに誰かが乗り捨てたまま壊れてしまった車やバイクがあった。何かの死体みたいだった。住居はどれもつぎはぎだらけでまっすぐな部分がなかった。時折、人の気配を感じてそちらに顔を向けると、部屋の中でノイズだらけのテレビを見ている足の悪そうなおばあちゃんと目が合った。庭先には洗濯物が干してあったけど、それはどうやったら服として着られるのか分からないくらいのボロに見えた。草いきれや肥料の匂いがした。塀の上の鉢植えや庭先に植えられた花だけがギラギラと赤く輝いていた。野良猫や野犬がいろんな隙間から這い出てきた。そんな中を歩きながら、僕はいろんなことを考えていた。でっかいカメラを首から下げて、真新しいトレーナーを着ていた僕は、いつしかそんな観光気分はなくなってしまった。白く焼けた舗装道路を歩きながら、なんだかどんどん価値観が揺らいでいく自分がもどかしかった。雑誌の発売日を気にしたり、インターネット環境がどうとか、スーパーカー松崎ナオのライブを仕事帰りに見れないだろうななんてことを気にしている人はここにはいないんだろうな思いながら、そんなことはあまりに些細すぎて知ったこっちゃないことって気もした。例えば、僕が夢中になって作ったり遊んだりしているテレビゲームは、この島の人たちにとってどれくらい価値を持ったことなんだろうか、そもそもテレビゲームに触ったことがあるんだろうか。ここはブロードバンドも、次世代携帯電話も、プレステ3も、スーパーカーのニューアルバムも関係のない世界だ。その代わり海があって、船があって、畑があって、果物がなる。太陽が地面を焼き、台風が家を揺らす。壊れた塀はまた積み上げて直すんだろう。今日を生きるための方法だけははっきりとしている。生きるために生きるってことは鮮度のいい「情報」を紡いだり、目の前に現れる膨大な情報を次から次に取捨選択することじゃないって当たり前のことに気づいて、生き物のバランスとしてその当たり前のことの方が明らかにおろそかになっている自分の生活はいったいどういうものなんだろうって不安にさえなってきたのだった。


落ち着きがなくなって車を飛ばした。カナは人気のないその食堂で昼ご飯を食べようと僕を誘ったけど、僕は今すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。早く気持ちを上書きしたくて、次の景色を探した。海辺に岩があり、有名な誰かのお墓があるというので立ち寄った。海から飛び出した岩の根っこは波に削られて不安定な形になっていた。お墓には観光客はおらず、時折、現地の人がお参りに来る姿が見られた。彼らがどこから現れるのかさっぱりわかんなかった。


昼もとっくに過ぎていたので食事をする場所を見つけるついでに奥の方の島まで車を走らせた。でも何にもなかった。畑と海が広がっていて、時折、壊れた車と、家ぐらいに大きなお墓と、土砂崩れがあるだけだった。途中ビーチの看板があって「地味ビーチ」なのかと思ってびっくりしたら「池味」の読み間違いだった。いいじゃんねぇ、地味なビーチ。


道を引き返した。朝からドーナツしか食べてないのにもう夕方だ。はらぺこを通り越して、どうでも良くなってる気がする。勝連城跡のそばに観光客向けのプレハブ小屋をみつけた。店の中は電気もついていなくて、大きな音でラジオが鳴っていた。何度か声を掛けてやっと奥から店員らしい男が出てきた。何を頼んでも一緒だと思ったのでソーキそばを注文した。待ち時間においてある雑誌を手に取ったら3年前のものだった。ソーキそばは特別まずくもうまくもなかったけど、会社のそばの沖縄料理屋の方がうまかったなと思った。でも体は温まった。


勝連城跡は丘の上に建っていて、そこへ至るまでカーキ色のま新しいブロックで道が出来ていた。急な勾配を上っていくとものすごい崖に城が建っているのが分かって、足がすくんだ。こんな城、攻めるの嫌だなと思った。嫌だからこそそう言う土地に建てるんだけど。野鳥が塀の上を歩いていたので、カメラを持って近づいたら、意外なほど逃げなかった。何枚か写真を撮った。


日が暮れて公設市場に出かけた。いろんな出店があって、店番はもう冬休みの小学生やいい年の兄ちゃんが多かった。観光客向けのおみやげや三線、プリントTシャツ、南国のフルーツなんかが溢れかえっていた。肉屋には豚の顔の肉をはいだものがあって、お面のようになっていた。魚は見たことのない形や、鮮やかな色のものばかりで、名前もカタカナのながーいものばかりだった。いろんな匂いがしたけど、悪い気はしなかった。生きてる匂いって感じだ。沖縄の人はこんな見慣れない派手な色の魚ばかり食べてるのかな。水族館みたいな魚屋だと思った。


近くの定食屋で刺身定食を食べた。これは何の魚ですか?と聞いたけど、沖縄の言葉で言われたので、何という名前か分からなかった。市場にいた青とかグリーンの魚かも知れない。でもおいしかった。温かいご飯にみそ汁、それに新鮮な魚を腹いっぱい食べて600円とかだった気がする。テレビではずっとNG大賞みたいのが映っていた。明石家さんまとかの番組は、東京で見ていると、ちょっとのろい感じに見えたけど、全国的にはこれぐらいが標準的なテンポなのかも知れないと思った。仕事のことを考えなくて良かった日のせいか、フツーに爆笑した。東京にいる時はいろんなことを無駄に急いでいるのかも知れない。


帰りに道に迷った。地図に示された国道を行くだけなのに、全然地図通りに道が出てこない。気がつくとホテルを挟んで地図の反対側にいたりした。地図が細かい道をはしょりすぎなのだ。カナが暗い車の中でずっと地図を見てナビゲートしてくれた。助かる。予定より1時間ぐらい遠回りしてやっとホテルに着いた。目を閉じると車を運転している感じがまだ続いていた。今日はゆっくり風呂に入りたいと思った。それなのに喧嘩してしまった。僕がくたびれすぎていて、優しさが足りなくなっていたからだと思う。高級な部屋で延々喧嘩をした。昨日買って冷蔵庫に入れておいたアイスクリームはべちゃべちゃに溶けていた。風呂に入ってすっきりすると、仲直りして寝た。(つづく)