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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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必要のない安心


検索ワード「ゲームクリエイターになるためには」で一位になっちゃうサイト、ラヴフールへようこそ。いくら読んでもゲームクリエイターにはまずなれませんのであらかじめご了承ください。


テレビで年賀状のイラストの手ほどきをやっていた。歯ブラシを筆代わりにして馬を描くと言う。どんな指導になるのかと思って眺めていたら「首は細からず、太からずって感じで」とか「たてがみはシュシュシュって口に出しながら描くといいです」とか「前足は平仮名の『く』、後ろ足はアルファベットの『S』の感じで」とか言いながら1分足らずで馬を描いてしまった。歯ブラシなのに、かすれ具合とかすんげえ上手で、そういう指導はさっぱりしないでものすごく簡単に馬が描けるような感じに番組は終わってしまった。まるで実演販売を見ているような気分だった。テクニックはツールにはついてこない。テクニックは努力でしか手に入らないことは当たり前のようでなかなか知られていない。


スーパーテレビで有名ラーメン店の味をカップラーメンにするプロジェクトをドキュメンタリーでやっていた。「中村屋」というお店の味をなんとかカップラーメンにしようとする過程を追っていた。そこの店長が僕より若くてむちゃくちゃかっこいい人だった。


「あなたはカップラーメン屋さんだからついスープをどの配合で再現するかを考えちゃうんだとは思うけれども、ラーメンと言うのはお客さんにこうして手で出して喜ばれるこの瞬間がすべてなんです。逆にそこさえできていれば、配合だのなんだのっていうのは自ずと分かってくるものなんですよ」。


そこの店長は自分の味に絶対の自信を持っていて、自分が作ったスープでさえ納得のいく味に仕上がらなかった日は店を開けないことさえあるのだった。試行錯誤を繰り返し、何十回ものダメ出しを食らった末、期限いっぱいいっぱいで店長の顔が少しほころばす味を完成させるところに至った。でも「OK」が出ない。店長は試食したラーメン会社の調理場で、おもむろに鳥の皮を煮て香り油を作り始める。これを足せばさらに磨きが掛かるというのだ。そこで店長が言った言葉に僕は涙が出た。


「これだけ短い時間の中でよくこんだけの味を作って頂けたと思います。僕自身納得のいく味にかなり近付いたと思っています。でも、ここでもし僕がOKを出したらみんな安心して、気を抜いてしまってそこでこのスープはストップしちゃうと思うんですよ。それは必要のない安心ですよね。僕はこのスープがまだ可能性を秘めていることをこの香り油を足すことで分かってもらいたいんです」


効果はテキメンだった。しかし開発期間はもうないし、香り油は鳥の皮からちょっぴりしか取れない。ラーメン会社の社長は頭の中で電卓を叩き始め、これを足したら採算が合わないのではないかと震え出す。でも足さなければ発売そのものが見送りになるだろう。プロジェクトを中止にするだけじゃなく、協力してくれたラーメン店を敵に回すことはできないとも思ったかもしれない。結局、香り油の作り方の効率を上げることで何とか採算を取れる仕組みを作ることに成功する。


僕はテレビを見ながら「必要のない安心」なんて言葉にぞっとした。僕はモノヅクリの中であまりに小さな山や中途半端な丘を登っては、効率や密度で相対評価をしながら、勝手な自己満足に浸っていたのではないかと思った。店長の目にあった光は絶対的なヴィジョンをつかんで放さないその強さだった。「許される時間の中で最善を尽くしたんだから、今回はここでOK」「その瞬間瞬間が一生懸命ならそれでいいじゃない?」「今回は満点じゃなかったかもしれないけど、次の目標が分かったんだから今度はそれをがんばろう」


そういう甘えた気持ちや、自分や他人を上手に納得させるだけのレトリックからは想像もつかない崇みにいるんだな、と思った。くやしいどころか、言葉を失ったよ。


明日、29才になります。めでたいかどうかはもうよくわかんないけど、2002年1月から僕の生活の前提を変える予定でいます。応援して下さい。