lovefool

たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

惑星喫茶


 らしくないんだ。触覚器真っ赤にはらしてさ、熱い息ふんふん吹き出しながら
「あなたとは住む星が違うのよ」
 バシーン!だってさ。たまんないよ。


 だいたいそんなこと最初っからわかってたことだろ? 初めて会った夜、何万光年離れていたって私たちはずっと一緒よって甘えたの、おまえの方だったよな? 全身の吸盤をこすりあわせながら抱きしめると、100人の僕に同時にキスされているみたいって、いつもあんなに紫色になって喜んでいたのに。何だよ、今度は金星の両性具有人種? 全くふざけた話だぜ。


 とかげミルクをダブルでやりながら、僕は背中の廃熱板を閉じたり開いたりした。隣の席の猫ババアが自分の香水のひどい匂いもわからないくせに、それを見ていやな顔をした。青白い僕の息がぬらりと背中を伝って、床の上で丸く固まる。そんなやつがもういくつも床に転がっている。誰かがふんづけて割れてしまった息もある。中から染みだした青い息が揮発して酸味のある匂いを散らす。猫ババアがそれを見て、またいやな顔をする。


「いつかあの太陽がさ」
「うん」
「こう、目の前まで落ちてきたら、おまえどうする?」
「落ちてきたら?」
 もちろん僕は末期的な状況での選択肢という意味でそう聞いたんだけど、
「そうね‥」
 と彼女はやたらに長い人差し指を鼻の下に添えて
「最高にホットね」
 なんて、うれしそうに目を輝かせてた。


 短い間だったけど、一緒に暮らせて楽しかったよ。マグマみたいに熱い風呂が好きっていうから、わざわざ木星から取り寄せたんだ、あのミニチュア火山。僕だってどちらかと言えば熱いほうが好きだけど、君のはもう水銀が蒸発するくらいの熱いやつだもんな、風呂上がりは最新型みたくいつもぴかぴかにメッキコートされててセクシーだった。見るからに風呂上がりって感じがした。すべすべしてるから僕の吸盤も吸い付きやすくなるし。


「何か、おつくりしましょうか?」


 冥王星人のバーテンがしゃがれた声でそう言った。青く血管の浮き出た細い腕。僕はとかげミルクをやめて、ファイヤースリングを注文した。グラスの上で炎が燃えっぱなしのあのカクテル。汚れた壁には賞金首の張り紙。また同郷の軟体人種が追っかけられてるらしい。何かオレに人相が似てなくもない。あらら、頭の後ろの痣までそっくりじゃんか。


 ステージの方にライトが照らされて、ジプシーの楽団が演奏を始めた。オルガンジャズをやりたいのか? 地球の古い音楽をまねてるつもりなのか、なんだか山奥で巨大な象ツバメに会った時みたいな風に聞こえるな。


「ねぇ、元気ないじゃない?」
 そんな声に顔を向けると派手な化粧の土星女が隣の席に座ってた。
「ファイヤースリング?」
 刺さりそうに長く鋭いまつげをばたばたさせて、丸い水槽の中の頭をゆらゆらと動かしている。
「そう」
「じゃあ、あたしも」
 バーテンは興味なさそうな声ではいと言って、拭いていたムーンストーンのグラスを置き、シェイカーに手を伸ばした。
「ここにはよく来るの?」
 女が言った。
「ときどき」
「あまり見ないけど」
「最近はそうかも」
 女はビスチェ風のの大きくあいた胸元を直すと、ハンドバックにの中から長い管のついた小さなボンベのようなものを取り出した。
「煙草、いい?」
「ああ」


 水槽の端についたいくつかのバルブに管を固定して、水の中の頭で彼女はぶくぶくと音を立てて煙草を吸った。平べったい顔の左右に離れた大きな目玉が、ぐるぐる回って何度も瞬く。 声はよく見ると水槽の裏っかわのスピーカーから聞こえている。


「どうして床にそんな青いのを並べているのか、聞いていい?」
 僕は笑った。
「聞いていい?なんて変な聞き方するなよ。もう聞いているじゃない」
「そうね、ごめんなさい」
「飲み屋で男がさ、青い固まりに囲まれてるなんて、すごくはっきりしてる」
「ここに来ない誰かのことを考えてるとか」
「たぶんね」
「別れたの?」
「たぶんね」


 女は、子どもの話を聞いているような顔で満足そうに天井の一点を見つめた。僕はなんでこんな奴をかまっているんだろうと思った。


「部屋ならあいてるけど、来る?」
「君の?」
「まぁ、そんなとこ」
「まだ、1杯も飲んでないじゃない」
「いけない?」
「急ぎすぎるとね」


 僕は頬杖をして、消えそうになっているグラスの炎を眺めた。恋人とうまくいかなくなって、飲み屋で酔いつぶれ、どこかの知らない女を買う。 なんだかとても惨めだった。そうすることで、余計に自分を傷つけることで、報いや許しを得られると思ったら大間違いだ。でも結局、その女の家の前まで来てた。


「あれ、どこだよ。どこに来たの?」
フォボス
「うそだ、フォボスがこんな寒いわけないじゃないか。どこだよ」
「‥‥」
 いくつもの鍵でロックされた重い扉を開けると、中から熱い蒸気のようなものが吹き出して、僕は大声を出した。
「何する! 火傷しちまう」
「消毒よ、我慢して」
「むちゃくちゃ熱いぜ?」
「我慢してよ」


 そう言われてしぶしぶ浴びると、2度目はそうでもなかった。中に入るとほどよく空調のきいた、その女の部屋らしいものがあった。ただし、膝までは水浸しだったけど。


「前金?」


 と僕が財布を取り出すと、聞こえていないのか、奥の部屋で銀色のドレスのジッパーを下ろしていた。僕は背中からまた一つ大きな青い固まりを吐き出した。


「先、シャワー浴びるから、そこの針が3つ重なったら入ってきて」


 部屋にはたくさんの水棲植物が生えていて、まるでジャングルだった。そこにあるべき生態系も内包しながら、すべてがうまく生活ができているようだ。僕は上着を脱いで掛けておくものを探したが、手を伸ばすとそこにうってつけの枝が伸びてくるし、座るところがないと思ってきょろきょろしていると、大きな甲羅を持った生き物がぬっと後ろで僕が座るのを待ちかまえていたり(なぜか、ちゃんと乾いてる)、煙草を吸い始めれば灰皿風のくぼみを持った鳥がやってきて、僕の腕にとまると言った具合に。昔見た未来の家政婦システムを生き物がやっているのだ。3つの針が重なったらっていうのも、この時計草のことを言っているのか?


 やがてその針らしいものが3つとも閉じて重なったので、僕はバスルームに向かった。柳のようなカーテンをくぐって、シャワーの音が聞こえる方に向かった。女の歌う鼻歌が聞こえる。


「入るよ」


 返事がないので僕は宇宙服を脱いで、同じように伸びてきた枝に掛けた。太い砂漠みみずのようなピンク色の入り口がばかばかっと開いていって、女が見えた。水槽の中で女はかぶっていたヘルメットをはずして、口をぱくぱくさせ、僕を見て微笑んだ。


「入って」


 多分そう言ったんだと思う。ぶくぶく言っててよく聞こえなかったんだ。女は気持ちよさそうだった。僕は端にある石の階段を上り、その大きな水槽にざぶんと入った。女は惑星喫茶で会ったときより悪くなかった。プレイメイトだっけ? 地球のフロッピーによく入っている、あの柔らかな毛なし猿みたいな体で、乳房が4つあった。頭が魚でまぁ、人魚人種なんだろうけど、こないだの全身刺だらけの奴よりはましだった。


 水は薄荷の入ったクールな有機水で黄色く透き通ってはいた。よく見ると無数のバクテリアたちが動めいていた。僕は全身の吸盤を広げて、8本の腕や足をその中に浸した。自然に溜息が漏れて、青い固まりが水面に浮かんでいった。女が優しく抱きついてきて、僕らはくちづけた。昔飼っていた金魚に抱かれてるみたいで、ちょっとうれしくなった。頭を水面から出さなくても、酸素は女が口移しで吸わせてくれた。粘液混じりのキスは頭の芯を重く深いところへ沈めてくれた。


 羊水の中を思い出すように僕は目を閉じ、女が僕の性器を探し当てやさしく包み込んでくれるのをさせたままでいた。僕はあいつにしたみたいに8本の腕や足で女の体を包んでいった。密着させた吸盤を順番に吸い付かせながら、全身をやさしく愛撫した。二人の性器の形はちっともあってなくて、セックスらしいセックスにはならなかったけど、それでも悪くなかった。粘液のぬめりは僕の吸盤をよく吸い付けたし、鱗の冷たさも気にならなかった。問題はそのあとだ。


 いろんな星があって、いろんな人がいる。それだけで十分すぎるくらい、惑星喫茶はいかしてる。僕とあいつもそこで出会うことが出来たんだし。でもさ、問題はそのあとなんだよ。


 快感にまかせて、僕は目をつむったまま愛撫を繰り返していた。気持ちがよかった。何が合わなかったのかな、その水がきっと良くなかったせいだと思うんだ。体がしびれて動けなくなっちゃったんだよ。目を開けて女に助けを求めようとした。でもダメだった。ぶくぶく歯の隙間から、悲鳴みたいに空気をもらしているって言うのに、女はうれしそうに笑って、僕の両手をきつく握りしめていた。ぶくぶくぶくぶく、僕の口からはありったけの空気が漏れていった。大きな物音がして、奥から木星人らしい図体の大きな奴等が入ってきて、僕を水から抱えあげた。でももう僕は1ミリだって動けなかった。男たちは口々に「こいつだ、でかした」「賞金で来週はバカンスだ」とか言っていたけど、それは明らかに間違いだった。僕はでかい釘で壁に打ちつけられると、肛門から腕をつっこまれ骨抜きにされた。


「どうだい、こいつだろ? 探しもんは」


 なんてな具合にしたり顔でポリスボックスに投げ込まれて、眼鏡をかけた小柄な警官は迷惑そうな顔をした。手近の判別機で僕の眼紋を調べたけど、そんなの一致するわけがない。間違いだ。引き取ってくれ、とすぐに追い出されたのさ。僕がその指名手配犯じゃないとわかると、女とその大きな男たちは喧嘩を始めた。


「おまえがガセネタを持ってきたんじゃねぇか」
「あんたたちの言ったとおりの痣があるじゃない」


 そういう他愛のない喧嘩だった。木星人たちはいらなくなった僕の体を、すぐそばの家の屋根へ放り投げてしまった。2つの太陽が強く照りつけていて、僕はぐったりしたままじりじりと背中を焼かれた。そのままタコの干物になるものとばかり思った。でも違っていた。その家は肉屋だったんだ。そこの主人は僕を見て、最初驚いていたけど、そのボリュームと新鮮さににんまりとした。屋根から僕を引き下ろし、水でよく洗うと、冷たい金属の台の上に乗せて、なんだかエンジンのついた機械を抱えあげた。音を立ててガソリン臭い歯が回転し始め、僕の体は‥


 と言うわけで、僕は今、細切れのマリネである。主人の手で17個の包みに分けられて、おとなしくグラム単位で店先に並んでいる。蝿たちがやってきて、僕の上で汚い両手をすりあわせる。僕はぴくりとも動けない。売れ残ってそこいらの犬に食われたりするのだけはごめんだと思う。水銀風呂がなつかしい。間違って、通りすがりのあいつが僕を買っていってくれないかなと想像するだけの毎日である。