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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

グラウンドの影


 11月のグラウンドの、白く輝く砂の上で君を見た。もう会えなかったはずなのに、小さな日傘を片手に、真っ白な袖のないワンピースを着て、2本の足でゆっくりと歩いていた。僕の時計は5月で止まったままだった。読みかけの本を中途半端に構えたまま、遠くを歩く君の姿に見とれていた。長く黒い髪、小さく淡い唇、細くて白い腕、かわいいお尻。どこから見たってあの夏の君だった。僕は名前を呼びたくて仕方がなかった。愛しいあの名前を呼びたくて仕方がなかった。でも喉が乾いてひりひりして、声なんか出なかった。湖のほとりに染みだした水を吸うアゲハ蝶のように、君はその白いワンピースの裾をひらひらとなびかせて、踊るように歩いていた。ホントは僕に気づいていたのかもしれない。でも僕には、驚いて蝶が逃げて消えてしまわぬよう、ただ息を殺して見守ることしかできなかった。


 あの夏、君が消えたあの夏、馬鹿みたいに大きな太陽が、今にも落ちてきそうだった。煙草屋の角でさよならを言った後、君は本当に溶けて消えてしまった。僕を驚かそうとしてそんなことをしたの? だとしたら僕は負けたよ。降参する。もうあの太陽はいなくなっちゃったから、この遊びも終わりにしよう。僕の負けだからもういいだろ? 次の遊びをしよう。


「校庭のけやきにね、大事なものを隠したの」
「大事なもの?」
「それをね、覚えておいてほしいんだ」
「僕に?」
「そう」
「いつか、僕が掘り起こしに行くの?」
「そこにあるってことを覚えててくれるだけでいい」
「覚えておけば、いいんだね」
「そう」
「覚えておくよ」


 それが約束だったみたいに、君はその夏のうちに消えてなくなってしまった。僕だけにくれた、小さな遺言だった。


 君は僕の前を何度も通り過ぎた。バレエのようだと思った。そこが舞台で、僕は一人だけの観客。何度も回って、そのスカートの裾を揺らし、空に向かって細い指先を花のように開いた。ふたりの距離は縮まることはなかったし、目も合わなかったけど、僕は悲しくはなかった。


 気がつくと霞のように君は消えていった。約束の場所だった。僕はその何かを掘り出そうとはしなかった。君の顔が少しも寂しそうには見えなかったから。あたりはもう真っ暗だった。僕は上着のポケットから、出せずじまいだった手紙を取り出した。蛙の輪唱、遠い明かり、山の上に浮かんだ優しい色の月。僕は用具室に立てかけてあったスコップで穴を掘り、その手紙を埋めた。そうして1本のタバコに火をつけ、胸の奥まで吸い込んだ。その気持ちは雨に染み、やがて土に還ることだろう。そしていつかこのけやきの葉になり、日の光を受けることだろう。そう思うと少しうれしくなった。


 5月で止まったままの時計の針が、そうしてそっと動き始めた。