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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

夏が終わる


 夕闇が海の向こうに迫っていた。低くて、重く暗い波が何かを叱るように砂浜を叩いていた。彼女はもう終えてしまった花火の燃えかすを袋に集めていた。まるで敗れた夢のかけらを集めているみたいだった。僕はそんな小さな背中を抱きしめた。彼女は驚いてからだを堅くさせた。でもすぐに柔らかくなった。彼女のショートヘアに鼻先を埋めた。もう乾いてしまった汗の匂いといつものやさしい彼女の匂いが、僕をちょっと落ちつかせた。


「‥どうしたの?」
 と彼女が言った。
「なんでもない」
 と動かずに僕が言った。
「だって、寂しそうな顔してる」
「‥うん、そうだね」
「私といるの、嫌い?」
「まさか」
 彼女は僕の腕の中をするりと抜けて、僕を見て笑った。
「また、来れるよね?」
 励まそうと彼女は僕の両手を握って言った。


 彼女には出来たばかりの恋人がいて、僕にも1年になる恋人がいた。なのに僕らは休みを取ってまで、この海を見に来ていた。手をつないで町を歩く、小さなキス、お互いの涙。かけがいのない時間を二人は紡ぎ、これからも紡ごうとしている。そういう時間がどのくらいの間続くことかは分からないけど、そうしたいとお互いが思い続ける間、この世界はそのままであり続けるのだろう。


 彼女は僕の腰に両手でしがみついて、ふてくされた子どものように唇をとがらせていた。耳を僕の胸に押しつけている。壊れている僕の心臓の音を聞いているのだろうか。


 彼女の顔を両手で自分の方に起こして、親指で涙のあとを拭いた。蒼く浮かんだ顔の中に、もう息も絶え絶えの夕焼けが反射していた。僕はもう一度彼女の唇にくちづけた。


 僕は彼女の熱く湿った唇と吐息を思い出し、小さく堅い胸の膨らみを思った。僕のあげた銀のスパイラルのチェーンが、彼女の日に焼けた手首を滑り落ちた。彼女の短い髪を何度か撫でた。


 江ノ電がやってきた頃には、潮風が冷たくなり始めていた。電車に揺られながら、彼女は僕の肩の上で寝息を立てた。窓の向こうに広がっていたはずの海は、平坦な黒としてのっぺりとへばり付いている。まだ熱の残る、彼女の焼けた肩を抱きながら、僕は僕の恋人と彼女の新しい恋人のことを思った。列車は次々に小さな駅に止まり、わずかなお客を吐き出しては、またわずかなお客を乗せて動き出す。顔のない客、顔のない客。永遠に続く幻のように、それらの光景ものっぺりと奥行きがない。


 僕は目を閉じた。こうして今日という一日は終わり、夏も終わる。でも彼女が目を覚ますまで、少なくともこの平坦な永遠は終わらずにいるのだ。そう思った。