lovefool

たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

芸術家


朝、大寝坊をしてしまって、おはスタなんかとっくに終わったテレビ画面におじいさんが映っていた。呆然と見ていたら、おじいさんは習字用の筆を構えると、ものすごい勢いで白い紙に渦のようなものを書き始め、25秒でその動きをぴたりと止めた。その尋常じゃない動きにびっくりしてしまい、しかも描かれたのがとぐろのような抽象画にしか見えなかったので僕は「怖っ!」と思ったんだけど、よく見るとそれは墨一色で描かれた無茶苦茶躍動感に溢れた馬の姿だった。やばいぐらいに上手だった。ねじれた首や、足を高く上げた胸の辺りの肉の付き方、重量感、ダイナミズム、絵は生きていた。おじいさんは86才だった。戦争の終わりに、人間の都合でまとめて処分される馬の姿を見て胸を痛め、自分が生きているうちは馬の供養に人生を費やすと決めたのだと言う。来る日も来る日も馬の絵ばっかし。頭数に直すと実に100万頭を越える馬を描いた。そりゃ25秒で描けるわけだよ。朝、目が覚めたら、もういきなり馬を描いてる。その筆跡が乾く前に大きな声でその絵に向かって言うんだそうな「おはよう!!」って。すると馬が絵から飛び出してくるんですわって、すんごいキラキラした目でレポーターに語り掛けていた。ホントに飛び出してるんだろう。うらやましかった。ここで場面が変わる。和太鼓を叩く演奏家のふんどし姿が映し出された。彼の名前が変わっていて田耕と書いて「でん たがやす」という名前なんだって。彼はおじいさんの絵に感動して、自分の大太鼓に馬の絵を描いて欲しいと依頼したのだった。おじいさん、超大張り切り。全身真っ赤な服を着て、新幹線に乗ります。まだ何も描かれていない大太鼓の前で腕組み。目で見て分かるほど鼻息を荒げて構想を膨らませます。そしておもむろに筆を手に取ると、たじろぐことなくいつもの調子で馬を描き始めた。三頭の活きのいい馬が太鼓の上を走り出した。もちろん下書きなし。即完成。よく見ると筆の墨色以外に、パステル調のピンクやグリーンもかすかに混じっている。86才とは思えないモダンな色調だ。田耕さんは満足そうに太鼓を叩いた。バチの動きで揺れる馬の絵は、まるで疾駆する馬の動きそのもののように見えた。芸術とはかくありたいもんだと思った。