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漫画「ビリーバーズ」山本直樹

ビリーバーズ 1 (ビッグコミックススペシャル)

ビリーバーズ 1 (ビッグコミックススペシャル)

恋愛は全人類に関係する深刻なビョーキだ。世界で一番美しいビョーキである側面もさることながら、それは自分を取り巻く世界全体に作用する誇大妄想だって捉え方もできるだろう。この山本直樹の久々の新作「ビリーバーズ」はまさにそんな側面から恋愛を捉えた悲痛なコメディなのかも知れない。


どこかの孤島で暮らす男二人と女一人。彼らは何らかの宗教のような団体に属していて、その島での暮らし自体がその団体からの「指令」と呼ばれるプログラムに基づいている。3人で足の裏を合わせて昨日の夢をすべて告白しあう。倉庫に入ったいくつかの段ボール箱を本部からの指令通りにただ並び替える。雨水をためた浴槽で体を洗う。俗世間を絶ち、禁欲的で、盲目的なプログラムの実践は、表向きでの平穏、永遠、安住の地を約束されている。お互いがお互いを信じ、そのすべてを嘘偽りなくさらけ出し循環させることでこれから先もずっと「平穏」であるためのエネルギーを保つ。でもそのバランスがメンバー同士の小さな秘密によって破綻してしまう時、正気は狂気になり、坂道を転げるように世界は崩壊に向かう。


この本のタイトルである「ビリーバーズ」には、悲しい響きがある。「信じている者達」というより「信じていたい者達」という、自分を一度欺いた過去を物色したいようなそんな響き。誰もいない(客観性の存在しない)島で裸で抱き合いながら、他のメンバーにうち明けられなくなる更なる秘密を増やし、何が正しくて、何が汚れなのかが分からなくなっていく。涙を流し、体中で相手を感じて、より人間的な感情を獲得していきながらも、その一方で団体の教えを信じることは忘れ切れないでいる。


一見極限状態に見えるそれらの光景は、誰の胸にもある葛藤の根っこをうまく切り出している。恋愛自体が原罪意識そのものであるかのように、より深い秘密を持つことが二人の目に映る世界をいびつな物へと変えていってしまう。でも孤島にあるのは自分の目に映るすべてが真実であり、秩序であるということ。自分が決めて信じないことは「存在しない」し「意味がない」のだ。


好き?と恋人に尋ねる時に胸によぎる一抹の不安は、大事な人からこぼれるコトバや仕草や体温だけが信じられる孤島での視点にぴったりと重なっている。でも島の平穏は「守る」ためのものや「継続させる」ものや「約束され続ける」ものではない。そう気づくとき、恋愛は「信じていたい者達」の悲しいビョーキなんだと、いつも再確認する。