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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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土星おじさん


土星を見たことがありますか。僕はあります。早い時間に仕事を終えて、乗り換えの駅の道をたらたら歩いていると、そこにその人はいて、僕は足を止めました。過ぎゆく人たちに土星を見せてくれるというのです。仮にこのおじさんを「土星おじさん」と呼びます。


土星おじさんは誰に頼まれるわけでもなく、それが商売というわけでもなく、三脚の上に小さな望遠鏡を乗せて、札を下げています。「土星みせます」。そこにはそう書いてある。完璧にして最高のメッセージ。


僕は土星を見たことがなかったので、はやる気持ちを抑えて望遠鏡にそっと目を付けた。そこにはちゃんと土星がいました。赤ちゃんみたいな小さな土星。サイズにしてほんとに米粒ぐらい。小さいんだけど周りがものすごくくっきりしているので、真空の感じが伝わってきて、あー、宇宙って寒くて静かなんだろうなーとか思ったね。あの星が実際土星なのかはよくわかんないけど、シャンプーハットをかぶっていたからたぶん土星だろう。それぐらいの知識ですみません。


僕はその小さな赤ちゃん土星をじーっとのぞき込んだ。時々目を外して、望遠鏡の先にあるだろう星を探したけど、あの白い光と望遠鏡の中の赤ちゃん星がどうも同じものとは思えない。望遠鏡の中の星には現実世界を司る何かがちゃんと詰まっていて、それがたまたま小さく見えているっていう感じがわかる。例えば僕のようなヤツが向こうから「地球みせます」っておじさんに望遠鏡をのぞかせてもらっていても不思議な気がしないのね。でもいつも見ている空の星は、ひとつひとつにそういうドラマが詰まっているようにはどうも思えない。中世の人が描いた太陽と月の乗った天球が地球を覆っているって考えの方がなんかふつーの発想って気がすんね。どうでもいいかそんなことは。


「すごい。こんな小さいのでもこんなにはっきり見えちゃうんですね」
「そうだよ。望遠鏡はすごいんだよ」
ぼくんちにも結構いい双眼鏡があるんだけど、それでもわっかは見えますかね」
「あー、双眼鏡はいかん、双眼鏡はダメだ」
「え? 倍率とかこれとそんなに変わんないみたいだけど」
「双眼鏡なんてね、買っちゃダメですよ。星を見るなら断然望遠鏡です」


なんでかわからないけど双眼鏡を目の敵にする土星おじさん。でもキュートだから好きよ。見かけたら是非のぞかせてもらおう。