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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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ロボに代用できないこと


「ミェイプルシナモーン、ミルクカカオー」(裏声で)でご存知「Chattime」ってお菓子がとまんねー。特にメープルシナモンを口に近づけていく時、なぜか一瞬カレーの匂いを感じるあたり、要確認ですよ。


メールマガジンより転載

今日の雑学は お札 についてです。


銀行のCD機で、ピン札がでてきたりすると何となくうれしいものだが、では、お札の寿命はといえば、千円札・五千円札で、およそ一年、一万円札では、およそ二〜三年という。千円札・五千円札の寿命が短いのは、やはり使用頻度が高いこと。一万円札の寿命が長いのは、誰もが手にした一万円札を大事にするため。ちなみに、日銀によると、それぞれの紙幣の流通シェアは、一万円札が約56パーセント、千円札が約37パーセント、五千円札が約5パーセント。


ケモノは苦手だーってずっと思っていたんだけど、カナちゃんちの犬「ガム」はなんだか知んないけど僕にベタ惚れで可愛いです。オスだけどな。僕の顔や耳を舐めたくて仕方がなくて、びょんびょん飛び跳ねて、僕の顎に頭突きでアッパーを食らわして唇から血が吹き出たりしても、ま、いっかと思えるようになった。遊んであげないでいると寂しい声でくんくん鳴いて、泣き落としさせようとするところや、邪魔者扱いして閉めたふすまを助走を付けて突破しようとしてくる時のリズミカルな足音や、ボールを投げてよ!取ってくるから!ってすんげえ得意満面な顔で僕を見上げる時なんかに、フムフム、くるしゅうないぞ、などと思います。


aiboが話題になった時、飼い主のインタビューなんかを見ると、「私の家はペット飼えない建物だけど、aiboがいてくれるからさみしくないの」というような紋切り型の文章をよく見かけたもんだけど、あれがわざわざロボらしいロボなデザインなところを見ても、アレはペットの代替品ではないのだな、と思います。多分全然違うモノの進化過程の第一歩としての犬。つまり人間のそばにいる、意志をもった優しい存在をパッケージするメタファーとして「4本足の犬」という包装紙が選ばれただけなんだろうなと思った。こないだ人型のロボットがパラパラを踊っていたけど、あれも人を模したモノを最終形として目指しているんじゃないんだろうな。手段と目的は時々入れ替わったり、入れ替わることで宣伝などにうまく利用されたりするので要注意です。


話は飛ぶけど、キティちゃんの顔に口や表情がないのは、それで遊ぶ人が感情を投影しやすいようにそうデザインしたからなんだそうだよ。動かない物に対してはそれはベストの選択かも知れないけど、時間軸を持った表現物にはそれは当てはまらないね。例え彫刻のように止まったものでも、動きや仕草が感じられないと、共感を起こすことができない。aiboを初めて見たとき「すっげ!さすが!」って思ったのはわざわざロボット風ロボットの造形に落とし込んだところ。あれって生き物らしくない関数的な仕草が一番不自然に見えないデザインだと思いませんか。だってロボットだもんって頭で一度理解させることで、逆に生き物らしいちょっとした仕草を強調させることに成功しているし、ロボットなので止まっている姿が「固まった生き物」に見えないところもまた工夫があると思うなー。少なくとも毛が生えていたらそうは思えないもんね。


実際の生きている方の犬を見ていると、動いてない瞬間は一瞬もなくて、動きが命令ではなく、自分の関心にのみ沿ったものであることにまずうれしくなる。もうなんつうか感覚オンリーなとこね。全然理にかなってないとこ。怒られても怒られても繰り返す悪さや、繰り返しをせがむくせに自分ですぐ飽きるとことかね、最高。そしてそれらはロボで代用できるようになってもまるで意味をなさない気がすんのね。