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フィッシュマンズと僕と

takanabe1999-03-18



3月15日、フィッシュマンズ佐藤伸治さんが永眠されました。僕はフィッシュマンズの熱心なファンではなかったし、フィッシュマンズを聴き始めたのも2年前ぐらいからと結構最近なんですが、その訃報を耳にしたとき、あまりの衝撃でベッドから飛び起きて叫んでしまった。


彼らの出す音というのは「日常の中で、主にないこととして普段省略されている時間」そのものだ。ひとことで言うと音で命を与えた「タイクツ」。北野武監督の映画で大事にされている「映像以外で表現できない沈黙や時間」を「音と声」によって再現していると言ってもいい。


台風がやってくると天気予報を聞いて、部屋の中でその風を呼び、どこかへ連れてってくれないかと夢想する。朝の街を歩いて、子供の走る姿、5月の空、ペンキの匂いをかいでちょっと幸せな気持ちになる。君の一番疲れた顔が見たいと願う。夕暮れ時の東京を隅から隅まで君と駆けてゆく。でもそれが夢か現実かはよくわからない。


詞にするにはちょっと弱いテーマだし、大抵の人ならその音やメッセージを耳にしても気づかずに通り過ぎてしまうかも知れない。でも彼らの表現したい「何も起こらないこと」に僕は強くシンパシーを感じる。「表現の究極は黙ることだ」とかね、言うんですよ、彼。ちょっとすごいよね。惚れる。「人が何もしないとき」や「気持ちが動かないとき」の方が日常の中でも占める割合が多いはずなのに、そういうことにリアルに「表現」として向き合っている人はほとんどいなくて、彼らはその孤高な代表選手でもあったわけです。初期の頃の音はレゲエとかって言われて、長さも4分とかに収まる普通のほんわかな唄もの風だったんだけど、「空中キャンプ」を過ぎたあたりから、吹っ切れたのかダヴ色が強くなって、夜の隙間に溶けてゆくような音と声、曲の長さも8分とか10分になってゆきました。「SEASON」という名曲を50分近いロングバージョンにした「LONG SEASON」で、その頂点を迎えることになります。めまぐるしく変わる色鮮やかなアレンジに、「トリップ」という言葉じゃフォローできないくらいの強い既視感をちらつかせる名作。去年は100回ぐらい聴いたね。フィッシュマンズってどんな感じ?って聞かれたら、この曲を聴いてみることをおすすめします。


去年、行ったマリマリのライブで一度だけ本物の彼を見ました。マリマリのバックバンドはフィッシュマンズ全員っていうわけのわからん構成だったからです。ものすごい目が綺麗な人で、曲の印象ほどはぼんやりしていなく、熱くてやさしいお兄さんという感じだった。マリマリの頼りないステージをいささか強引なぐらい彼がムードをつくって引っ張っていた。演奏が乗ってくると、ただでさえ茶色い瞳がなんか妖精とか、そこに実際しない人のようにどんどん透き通っていくのが見えた。やばいくらいにかっこよくて、強く、はかなかった。


今これを書きながら聴いているのは「8月の現状」というライブ盤。ベストテイクのライブ演奏をさらにスタジオで加工してある。その音はこの世と僕の知らないどこかあっち側を繋ぐみたいに時空間がねじれている。濃くて深い霧と、眩しいいくつもの光と、うなされるみたいに寝ぼけてみているみたいに囁かれる彼の声に、彼自身のレクイエムを聴いているみたいで胸が痛くてたまんないです。あなたがいつか到達するはずのゴールや、これから見えてくるものにものすごく興味があったのに、残念すぎる。かけがえがないです。また新しい春が来るたびに、あなたの声がないことに気づくんでしょう。ありがとう。お休みなさい。