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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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漫画「漂流教室」楳図かずお


ある朝学校に行ったら、原因不明の事故で小学校の敷地がまるまる砂漠のど真ん中にテレポートしてしまうというお話。辺り一面には何もなく、電気も水もなく、食料といえばその日の給食のみという、極度のサバイバル状態が繰り広げられる。子供たちは泣き叫ぶ。オトナたちは幼い小学生たちに「落ち着け」「怖がるな」「大丈夫だ」と繰り返す。でも原因不明の事故の中で絶望し、混乱し、冷静さを欠いてしまうのはむしろオトナたちの方だったりする。


恐怖とは経験や知識で積み上げた想像力からは及ばない未知のことであり、子供たちより知識と経験の積み重ねに揺らぎのない自信とはっきりとした境界線を持ったオトナは、自己の崩壊を免れない。倫理観のあるオトナが、判断能力のない子供たちを外界から守るという一般的な構図が壊れ、むしろ前向きに物事を判断できるのは現実だけを直視できるハダカの心だ。


価値観やコトバは日々新しくなる。経験と知識が豊かであるからという理由で、すべての未来や未知に対処できるとは思えない。テレビを見たって「政治」や「不況」なんかの現状に不満を漏らしているのはオトナだし、その現状を打破できないのも同じオトナばかりだ。そんな人たちに僕らの築く未来に口を出して欲しくないし、出したところで実際未来はどうにもならないだろう。


何かを排除していくためのフィルターを増やしていくことが成長ならば、そんな成長は欲しくない。「選び、育てること」と「否定し、削っていくこと」は似ているようだけど違う。新しい現実を目の当たりにした時、多少時間がかかったってそのすべてを一度肯定し、ちゃんとその世界のコトバで考えられるように生きていきたい。選び、育て、その結果を見つめる。不平も不満も認めない。選んだ一生懸命の結果は良かれ悪かれ次の世代の価値観にすべて委ねるしかないのだ。それまでの自分の時間を大切にする。生き生きと生きる。例え、この本の子供たちのように確実に閉じた未来に向かって行くにしたって、今はそう思っていたいのだ。