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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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手繰り寄せるだけだとしても

takanabe2005-09-02



死ぬまでにあと何回でも見直すだろうってほど大好きな映画のひとつ「アマデウス」をまた観た。ディレクターズカットの方。そんでまた感動して泣いた。


終盤、モーツァルトが死に掛かっていて、サリエリに「少し眠るから、その間そばにいてくれるか」と聞く。サリエリは目を見て「いるよ、目覚めるまでそばをずっと離れない」と答える。それを聞いてモーツァルトは恥ずかしそうに笑う。「‥僕が馬鹿だった。あなたは僕を嫌っているものだとばかり思っていた、赦してほしい」と。ものすごく安心した顔で眠りに着き、まもなく死んでしまう。


でもサリエリは意識的にモーツァルトを死に追い込んでいて、今まさに最後の仕上げと言った段階。でもそのときのモーツァルトにはサリエリ以外に自分を救える存在はいなかった。そして彼はサリエリの言葉を聴いて「世界は自分の想像よりもずっとやさしい」と思って死んだに違いない。その断裂の深さに涙が出た。


たまたまその日の昼間にフリッパーズギターの「全ての言葉はさよなら」を聞いていた。「分かり合えやしないってことだけを 分かり合うのさ」と彼らは歌った。でもそれはそううそぶきながらも、希望を捨てていない人の軽やかなポーズだと思う。


もし世の中の出来事で「深く分かったつもりだったけど、実はぜんぜん逆でした」ってことがかなり多くの割合で含まれていたら、それは努力とかそういう次元の話じゃなくなる。「分かり合えやしないのさ」とうそぶくことさえ悲しくなってくる。


それでも、やっぱり昨日より少しでも誰かと分かり合いたいし、それが結果として永遠の別れを手繰り寄せるだけだとしても、人生を賭して向き合う価値はあると信じたい。