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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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鏡越し

takanabe2010-03-10



ペットでもキャラクターグッズでもタトゥーでもいいんだけど、その人がストレスなく発揮できる好みの部分には、その人らしさだけじゃなくて、その人が他人に認めて欲しいダメな個性や、暴力性が詰まっている。なので、そういう好みにすがりすぎてしまう時期と言うのは、たいていその人のコミュニケーション能力が弱ってて、ダメなときとも言える。思春期だったり、子育てを終えたあとだったり、定年後だったり、伴侶が亡くなったあとだったり。発信したいのにやり方がわからない。誰にも受け入れられなくて孤独だとか、自分ひとりの限界に辿り着いてしまったと感じたときに、独り言や行く宛てのない想いを受け止める対象として、そういう小さなカオスを、自分の身のそばに置くんだと思う。


「笑い」にも近いものがある。笑いが起こるのって、その人が抱えている「常識」と「非常識」のちょうど境目を行き来した瞬間だ。意外性と共感が交差したときに、自分の心に誰かの手が届いた気がして、顔が緩んでしまう。それによって自分はまだ生きてるって実感できたりする。でもそれは自分の手柄じゃなくて、相手が探した鍵で、重いドアをこじ開けてくれただけの話。しかもそれは不特定多数に向けた合い鍵だ。


不安を抱え込むのは、一人ではとてもつらいことで、だからこそ、一人でも立ち向かえるような気にさせる何かに頼る。ガジェットや、メイクやファッション、アニメ、ゲーム、車、インテリア、占い、宗教、潔癖、健康食品、旅行、誰かの歌、創作活動そのものもそういう作用がある。


でもそれは気持ちを支えるものにはなっても、行動の基準にはならない。また他の誰かに同じ効果を期待できるものでもない。自分を自分として保つために、何を鏡としておいているか、というだけ。どんな鏡越しに世界を見ているか。鏡はどこまで行っても鏡なので、もし自分の目で直接確かめて、戦うことができるなら、そっちの方がずっとずっといいだろうなといつも思う。