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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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夜を駆ける

takanabe2004-09-16



 埃と油の匂いがする。海辺の工場地帯を僕らは駆けていた。潮でべたついた髪を躍らせて、でもなんか心地よい笑顔で。駆け落ちみたいじゃん、と思った気持ちを気恥ずかしくて言い出せずにいて。納まらない鼓動と焼けた喉はただがむしゃらに走ったからってせいにしておきたかった。遠いサイレンの音が長い夜をどんどん間延びさせていく気がして、欲しいのは渇いた喉を潤す水じゃなく、君のやさしい寝顔がいいと僕は思った。


 色のない砂浜を歩く。流木、砂に埋もれた草。もう走れないと足元をもつれさせた君。砂の上に汗の粒がいくつか落ちて染み込んだ。顔を上げると明滅する対岸の工業地帯の赤い灯り。闇に潜む巨人の兵隊の目みたいな。


 汗に濡れた首もとの髪をそっと指先でぬぐってみて、まだ何も知らない君にちょっとだけ触れられた気がした。疲れた顔を隠すためのその笑顔。長いまつげ。かじかんで赤くなった白い指。そっと暖める。耳鳴りがする。カプセルはもう残りわずか。逃げるって言ったって限界と現実は個数に置き換わって目に見えていた。


 息を潜めると空気が濃くなる。まぶたを閉じると眉間がすっぱくなる。中腰のまま転ばすに寝てしまえるようになったのはいつからだったっけ。今じゃ、体を伸ばして眠る方が億劫だ。
 

生まれ変わったら何がいい?
生まれ変わりなんて信じてないよ
たとえ話よ、ねぇ
うーん
何?
…海がめかな
どうして?
あの目は誰かを恨んだりしなくて済みそうじゃない、ゆったり泳いで。
わたしは…
何?
スープ
スープ?
薄い塩味のスープになりたい
腹減ってんだな
太陽から授かったいろんな栄養が染み出してるそういうやさしくて暖かい感じ
野菜スープ
うん、野菜スープ
生き物じゃないんだね


ちいさな光ががこぼれた。


じっとその目を重ねあう。汗が冷え、落ち着いた呼吸を取り戻すと、海の底のように深い闇を映していた君の瞳が新しい朝の色に汚されていく。なんとなくそれがよくないことのように思えて、もう無理なのかなと僕は目で聞く。君を首を振る。まだ行けるよ。この夜の果てが例え君のシアワセだとしても、僕はこの夜が終わらないでいて欲しいと願う自分に気づく。底の磨り減ったスニーカーを蹴り上げて、よじれたフェンスを飛び越える。追われるというよりも、逃げていく夜の端を追いかけるように僕らは駆けていく。