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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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PS2「絶体絶命都市」

絶体絶命都市

絶体絶命都市

中古で3980円で買いました。ごめん。発売日に買いたかったんだけどゲームキューブバイオハザードが終わってないのに同系列のを続けて買うわけにもいかなくてかなり時間が経ってしまいました。あのねー、僕ねー、被災地脱出ゲームってなんでないんだろうってずーっと思ってましたよ。何回もつたない企画書書いたぐらいだもん。あわよくば僕に作らせてよ!ってな寸法だもん。


鬼武者」でも「ファイナルファンタジー」でもいいんだけどさ、なんでもかんでも「敵」がいることが前提になっているゲームって僕の目には不自然に映るんだよね。日常生活にそんなに敵っていなくない? 「怖い」対象が殺人や暴力だけに偏っているのも、現実的にはおかしいじゃない? 怖いってこの先、何が起こるか分からないって想像力が起こす感情でしょう?


そう思ったときに「退屈なはずの日常生活が揺らいだときの怖さ」=災害脱出ゲーム!って思ったんだよね。だから絶体絶命都市のニュースを聞いたときは自分のことのようにうれしかった。水道を見つけるとセーブ、喉の乾きがライフ代わり、とかぐっと来るね。Rezと同時発売だったトランスバイブレーター対応って言うのも泣かせるじゃないですか。あの強力な振動なら大地震の気分も盛り上がるでしょうよ。


でも絶体絶命都市をやったら、この手のゲームがなぜ今までなかったのか理由がちょっとだけわかりました。


答え:作る効率が悪すぎるから


例えばバイオハザードは屋敷の中をかなり行ったり来たりする作りになってます。同じ背景を何度も見る=鑑賞に耐えうるものを作りこむっていう論法で出来ている。背景も平面でプレイヤーに直接絡むところはほとんどない。リアルタイムに反応してくるのはゾンビ達だけということを考えると、背景を作りこむチームと、ゲーム性を高めるチームはまったく並行に作業を進めることが出来る。でも絶体絶命都市は違う。町全体が大きなポリゴンで出来ている上に、同じ背景の中をほとんど行き来しない。一度通ったら次の場所に向かいます。ビルが崩れても、それは一回こっきりの出来事。環境自体が「敵」のようなものなので、ゲーム性を調整しようと思うと、おそらく背景の密度を上げる作業も止まるんだろう。何が言いたいかっていうと、作業効率の悪さはそのまんま、ゲームの未整理感、密度の薄さにはねっかえるってことですよ。


例えばゲーム性をとってみてもとにかく一発死にが多い。実際の災害だったらまぁきっと死ぬときは何の前触れもなく、そして容赦もなく死ぬんでしょうけど、ゲームである以上、危機感を「楽しみたい」と思うわけですよ。でも危機感が襲ってきたときには、何をしたらいいのか分からないまま死んでしまう。「死んだから、さっきとちがうことを試してみよう」っていうのは、あんまり楽しいゲームとは思えないんだよね。覚えゲーじゃん。


あとやっぱ絵の密度が散漫すぎ。バイオハザードみたいに「夜の怪しい館」っていう分かりやすい怖さの記号がない分、「昼間の日常的な街」を怖く見せるのは、そのディテールの掘り下げ具合に比例するんだと思うんですよ。途中、舞台でコンビニやデパートや駅に行くシーンがあるんだけど、どうみてもつい最近まで人がたくさんいた場所に見えないんだよね。生活臭がない。だからその裏返しであるさっきまで平和だった日常が壊れたっていう恐怖もない。バイオハザードはゾンビが出てこない部屋でも、そこに最近まで何かがいた「気配」を感じさせる演出には異常にこだわってるもんね。でも絶体絶命都市の舞台は最初っから壊れていた町(もう何年も前に壊れて破棄された町)にいるみたい。だから人が出てくると、ものすごく違和感がある。こんなセットみたいなところで何をしていたんだろう、みたいな白日夢っぽさがある。もうちょっと見せ場の数を減らしてその分、絵の密度を上げるのと、閉鎖感のある場所に閉じ込めさせて、長く探索させるようなつくりで時間を稼ぐ+開けたところとのメリハリを出すって言う方が良かったかな。


危機感がないのは、痛みを始めとする「命の危うさ、脆さ」にあまり触れられていないせいもある。アクションアドベンチャーゲームである以上、怪我でプレイヤーの能力が落ちたりすると、ゲームとして成立しなくなるのは分かるんだけど、崩れてくる建物から走って逃げるばっかりで、なんか相手のはっきりしない鬼ごっこをさせられてるみたい。もっと、歩いている場所の強度を気にしながらソロソロと歩く、とか、泳いだ後は寒くてしばらく震えるとか、靴がすぐボロボロになって、新しい靴を見つけつづけないと足が傷だらけ(ライフが減りやすくなる)とか、力任せに壊さないといけないドアが何度も出てくるんだけど、構造を把握して壊していかないと体がもたないとか、パニック状態の中での「弱さ」にもっとクローズアップして欲しい。ありえない強運とか、超人的なアクションを、漫画っぽい記号やお約束で終わらせないためにも、そういう「弱さ」の演出が必要だと思うんだよね。主人公にやらせるのが無理なら、一緒についてくる女の子にもっともっと弱音を吐かせたり、すぐ怪我するんでもいいくらい。ありがちすぎるけど。


とは言いながらも、やっぱり新しいことにチャレンジしたその姿勢はすごく大事なことだし、もっと洗練された次作を見たい気持ちでいっぱいだ。未熟なところはあるにせよ、人気作の安易な続編を作るメーカーよりは、よっぽどかっこいいと思った。問題は製品の(現時点での)完成度よりも、そういう姿勢を「受け入れよう」という目に見える形で反映(応援)できない今の市場の状態でしょうか。やっぱり6800円って安くないし、誰にも絶対楽しめるほどの出来ではないから、なかなか「払おうよ」っていうのも難しいけど、うーん、自分達が食べたこともないおいしいものを食べたかったら、率先してそういうことをやりそうな人たちにお金を届けつづけた方がいいのは、わかるよねぇ。中古で買ったくせにえらそうなこと言いました。ごめん。