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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

温度


「いいよ」が口癖なんだ。許しのコトバ。温かいコトバ。軟らかく包み込むようなコトバ。


「おかしくなってもいいよ?」と彼女は言った。


 していいよ、と言われるたびに僕は子供になったような気になった。照れくさい甘さに酔いしれて至福の時を迎えた。
 僕はベッドの中でめいっぱいなアレを握り締めたまま、男の子らしい若い苦悩のど真ん中だった。喉はお互いにへばりついてしまいそうなほどカラカラで、胃の上あたりが締め付けるように痛かった。夜は更けていて、眠気と性欲が深く入り交じったスープの中で、僕はどこにも泳ぎ着けない場所にいた。
「ぎゅってして欲しい。奥までずっと入れて欲しい」
 僕は電気信号から変換されて再現されるその声を聞きながら、体温を求める自分の体をもてあました。「‥入れたいよ。入れてもいいの?」
「入れて欲しい」
 言いながらそれを俯瞰する覚めた自分と、そいつを振り払って飛び込んでしまいたい自分がせめぎ合う。目を閉じて想いを巡らせる。自分の温度と彼女の吐息、めまぐるしくちらつかせた記憶の断片。勝手につなぎ合せたそれで、一体何を埋められる?


「会う前から始まってたんだね」
 微熱が始まったのはずっと前のことだ。静かに、でも確かにその熱は訪れた。
ハジメマシテじゃない? ホントはさ。」
「なのにね」
 彼女は笑った。笑って僕の首にそっと指をはわせた。
「変なの」
 空に駆け上がる。眼下に広がる知らない景色。数時間前には退屈な重力に縛られて、こんな景色があることさえ気づけなかった。両手を広げ、この空を手に入れる。重力を解き放つ。何からも自由になる。甘美と希望だけが広がる。そんなマボロシは僕に強い光を与えてくれる。
「キス嫌い」
「そう? ごめん」
「嫌いだった。ずっと、今まで」
「どうして? 好きな人としたんだろ?」
「‥そうなんだけど、なんか」
「今も嫌い?」
「嫌い」
「そう」
「‥だった、のに」
「のに?」
 そう言って両腕を絡ませてくる。
「嫌いだったのに、何?」
 その先を知りたい僕に、君は目を伏せたまま僕の胸に顔を埋めてしまう。
「わかるでしょ?」
 彼女の頬の赤いのを見て、僕は僕がいたいつかの夏を思い出す。


 舌先を伸ばす。赤く熱い湿り気を帯びた生き物のようなそれは、暗闇の中で相手を求めて震えている。殺すなら今すぐ殺してよ。そんな苦しそうな動きで、触覚を目いっぱいに広げている。
「昔からこうだったみたい」
「昔?」
「そう、ずっと昔から」
ハジメマシテってまだ言ってないよ」
「もういらない」
「そう」
「だってわかるもん」
「わかる?」
「会うべくして会ったの。今日と言う日に」
「ウンメイ?」
「ウンメイなんかじゃないよ。私が、そう思うの」
「おかしくなりそうだ」
「いいよ」
 何を言われたのか、わからなかった。
「いいよ、おかしくなっても」
 高い波が寄せては返した。白く弾けて何度もぶつかっては砕けた。