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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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夕暮れどくろ


 夕暮れが赤くアスファルトを染め上げていて、僕らは汗ばんだ手をずっと離せずにいた。本物の君に触れたくて光の速度で飛んで来たんだ。でも暮れていく太陽を前に、今日という一日が、夜の到来と共にぱちんと消えてなくなってしまうんじゃないかとちょっと不安だった。


 古い瓦屋根がずっと続いて見える坂道を、言葉もなくとぼとぼと下っていくと、やがてその先に小さな公園が現れた。コンクリートの滑り台、柵の中の小さなプール、そこに浮かんだ広葉樹の葉とあめんぼ、風に揺れるブランコ、緑色のベンチはペンキが剥げていた。


 水道から溢れる水で顔を洗い、最後に頭からざばざばかぶった。夕暮れの風がやさしく僕を撫でた。上気した君の顔が僕を見て笑顔に変わったので、僕は来てホントに良かったなと思った。


 灼けたベンチに座り、僕らは中学生みたいにまだお互いの手を離せずにいて、ペットボトルに入ったぬるいお茶をちょっぴり口に含んでは、君のサンダルからのぞくまるまっちい爪先や、モジモジと動き絡め合った臆病な指先や、シナリオが書いてあるわけでもない空を眺めた。


「ねぇ、プレゼント」
「ん?」
 彼女が不意にそう言ったので、僕は大げさにその目をのぞき込んでしまった。
「プレゼントって言ったの。もらってよ」
「なんだろう」
「きっと気に入るよ。すごく」
「すごく? ほんと?」
 彼女はポケットから小さな小さな包みを出した。
「はい」
 僕はそれを手に乗せたままじっと眺めた。ぷっくりと膨らんだ小さい小さい駄菓子屋の包装紙。
「軽い」
「あけてよ」
「うん」
 丁寧にセロテープをはがすと、中からは紙粘土でつくられた何かのいびつな固まりが出てきた。なんだろう。マスコットかな。手にとり、正面を向けると僕の顔は途端に真っ赤になった。
「指輪!」
 おもちゃの指輪だった。誰かの手作りでポスターカラーで塗ってラッカーを吹いたような、そんな素朴な指輪。しかもそこに描かれた柄と言えば
「どくろだ」
 どくろだったんです。
 彼女は得意げに笑って、手をモジモジ、足をバタバタさせた。僕の反応に手応えを感じたのかも知れない。
「よく覚えていたね」
 と僕は言った。僕がどくろのバックルをいつもしていること。冬になるとどくろのカウチンを着て歩くこと。どくろは静かで頼もしい僕の相棒だったのだ。
「喜んでくれる?」
「もちろん」
「ホント?」
 そう言うと彼女は笑ってポケットの中から何かを出した。
「実はね」
 とまた恥ずかしそうな顔をして、何かを隠すように両手を重ねた。
「何? 見せてよ」
「じゃーん!」
 と同じ指輪を左手に輝かせたのだ。僕はめまいがした。これは夕暮れのほんの一瞬が見せる短い短い魔法なんだと思った。もう新しい恋なんかいらないって、いつか言ったはずだったけど、今は謝りたい気持ちでいっぱいだ。


 手を重ねた。照れくさそうに彼女は笑った。目がちょっと潤んでた。ものめずらしそうに近所の子供がやってきて、気になるのか「なんで大きな指輪をしているのか」と聞いた。「兄ちゃんたち、結婚するんか?」
 僕は面食らったが、やがて子供の目を見て「そうだ」と言った。お兄ちゃんたちはコイビト同士なんだ。子供はコイビトってなんだろうという顔をした。でもそんなことはすぐにどうでも良くなって「同じの僕も欲しい」と言うので困ってしまった。
 僕は言った。
「こういうのは大好きな人にもらうんだよ。好きな娘いるだろ?」
「でもそれが欲しい」
「大事なものだからあげられない」
 彼女は笑って子供たちにお菓子をあげた。それで気持ちが少しお菓子の方に傾いたけど、それでも指輪が気になるみたいだった。
 僕はだんだんに物語の世界の住人のような気になってきて、誰かの思い出を追体験するようにお姫様の手を取った。明日のことはわからない。君にできる約束なんか一つだってない。でも今必要なことだけがはっきりとしていて、それをずっと放すもんかと思う。
 皮膚病の犬、古い木造住宅の匂い、カラス、畳屋。バス停の壊れた椅子、中くらいの展望台、あっけらかんとした空腹と二層スープに横たわる性欲。
 やがて日が沈む。暗い暗い夜が来る。魔法は解けてなくなってしまうかな。僕らは小さくくちづけて、坂道を駆け下りていった。
「どこまでも行ける」
 彼女は黙ってうなずく。
 太い指輪を薬指にはめた手で、解けない魔法を掛け直す。どくろはいつだって味方なんだ。