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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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プラネット


「‥もう平気よ」 
「ホントに?」


 この星にひとりで住んでいるこの僕は、前に住んでいた人達の顔を知らない。歩き出せば1分も掛からずに一周してしまうこの小さな星は、赤い屋根の僕の家と電柱以外、何もない。あとは雑草が生えた地面だけ。どこを見渡しても、地平線というより小さな丘のように丸い。部屋の床だって中華鍋の底みたいに丸いけど、重力はちゃんと中心に向かっているので、ものが転がって止まらなくなったりすることはない。ただ寝そべったりするのにはちょっとつらいけど。


 地味だけど、僕は星の王子様なんだという言い方もできるだろう。実際、小さなマントもこさえてみたさ。棒切れの先に銀紙を貼って、ステッキもこさえた。見せる相手も命令する相手もいないんで、さすがにすぐに飽きちゃったけど。


 寝そべって空を見上げる。ものすごいスピードで草原を走り抜ける昼と夜の境目。春夏秋冬だって、この小さな惑星にはひと揃いだ。好きなときに好きな季節の場所に行けばいい。昼と夜の境目と一緒に歩いてゆけば、終わらない一日を好きなだけ楽しむことだって出来る。


 ひとりしかいないって言うのは、伝達がいらないと言うことなので、ある意味世界は完璧だ。文字も言葉も、伝える相手がいなければ必要ない。僕の頭の中だけで筋が通れば、それがこの星のやり方になる。発見や発明や新記録にも意味がない。僕が歴史だし、僕が証人だから、僕の記憶がすべてになる。そして僕は今そのどれにもあまり興味がない。


「会いたいの」
 電話の向こうで君は言う。
「無理言うなよ」
 胸のうずきが様々な映像を喚起させる。僕はそれらには目をやらずに暗い引き出しの奥へとしまい込む。どうかしてたんだ。あの時の僕らは。


 君の頬を流れて弾ける光の粒。親指の先で拭ってやるのは簡単なことかも知れない。そうしたら、何かが少し昨日と変わるのかも知れない。でも僕は君の顔を見ない。愛を懐かしむだけなら、もう十分すぎるほど試したから。
「わかってるんだろ? もう、よそうよ、ずっと繰り返しだ」
「前とは、違うから」
 どこでもない場所、何もない場所に行きたくて、この星に辿り着いた。寝癖頭、袖のほつれたサマーセーター、くたびれたスニーカー。圧倒的な心地よさ以外のものはすべて空に返したつもりだ。名前も、手紙も、外付けの知識も、全部全部放り投げた。そしてこの星には、僕と家と電柱以外、何もなくなった。


 オトナになる前にどうしてもこんな場所が必要だった。誰のノイズにも邪魔されない、自分だけの声が正確に響くところ。例えそれが虚空の独り言であっても、自分にとって必ずリアルと思える自信があれば、それでよかった。


 春の場所では、木もないのに桜の花びらが舞い、夏の場所では、星の海を泳ぎ、秋の場所で、落ち葉に埋もれて、冬の場所なら星より大きな雪だるまをつくる。繰り返し、繰り返し。そこに君の面影がかすめることはあっても、君とやり残した何かなんてものはもうひとつもないんだ。
 ただ、僕がいる。僕の前に世界が拡がり、僕だけが世界だ。


「それがプライドだって言うの?」
「ささやかだけど」
「それで、前に進めるのかしら」
「わからない。ときどきは振り返って確かめると思うよ」
「もう、私の声は届かない?」
「今は、うん。聞きたくない」
「そう‥」
「でも、この星に来ていろんなことがわかったよ」
「悲しいこと言うのね」
「どうして?」
「わかったなんて、ただの思い込みかも知れないじゃない」
「わかったんだよ。君といたときの気持ちとかを、ちゃんと正しく」
「嘘よ。あなたが思い出したいつかの私は、生きた私を切り捨てた、好都合な私でしかないもの」
「誰だってそんな風にして、人を好きになったり、好きだった人を諦めたりしてるんじゃないの?」
「それじゃあ、繰り返しだわ。あの日と変わらない」
「君は変わったの?」
「変わった、と思う」
「繰り返したりしない?」
「‥‥‥」
「‥え!?」


 光が、夜を飛び越えて僕を照らす。君はその中で白く輝いて見えなくなる。暖かな雨が降ってくる。もう、忘れたはずだろう。雨は頬を伝って、涙のようににじんでこぼれていく。ダメだよ、今さらすぎる。忘れたはずじゃないか。


「今なら、ほら、ね?」


 そんな風に笑顔で言われたら、ホントどうしようもない。僕だけのプラネット、知りたくなかったあの日のホントウ。ぽっかり浮かんだ僕だけの星。言葉なんていらない。今はそう思うんだ。