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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) * * * * * * * * *

左利きなら、多分そう。


「人捜しをして欲しいのよ。報酬ははずむわ」


そう言ってマギーはきらきらしたスパンコールの仕事着でオレのオフィスへやって来た。マギーは踊り子でオレの恋人の親友だ。よく一緒に飯を食ったり、同じベッドで眠ったりした。その日のその仕事さえ引き受けなければ、きっと今もそういうことが続いていただろう。


「リングを盗まれてしまったの。母親の形見のリングよ。他のものならともかく、どうにかして取り戻したいの。あのリングがどれくらい大事か、ねぇ、わかるでしょう?」
 オレはいつものように両足をデスクの上に投げ出し、興味なさそうに爪の先をヤスリで整えていた
「手がかりはあるわ。今どこにいるかもだいたい見当がついているの。きっとすぐにみつかるはずよ
「じゃあ、何故自分で探さない?」
「いつも寸での所でかわされてしまうから」
「いつも、って言ったのか? 今」
「えぇ、言ったわ」


 その時点でオレのアンテナは確かに反応していたはずなのに、引き返さなかった。別にマギーだってほろほろと涙を浮かべてたわけじゃないし、いつもしていたという指輪がそんな重要なものだったなんて話しは、長いつきあいの中で一度だって聞いたことがない。なのにオレはその仕事を引き受けた。何で引き受けてしまったのか、自分でも見当がつかない。とにかくそこでオレの運命はがったんと音を立てて、違うレールの上に切り替わったわけだ。おそらくマギーの運命も。

 オレはマギーの言う手がかりを手に西へ向かった。背の高い、面長の男。眉間に大きな傷があるから、それを何らかの形で隠しているだろうと言うこと。女に目がないこと。酒と煙草はいっさいやらないこと。金目のものに限らず、その人のもっとも大事なものを好んで盗むと言うこと。名前は偽名のみならず、いっさい語らないこと。そして決定的なのはその写真を持っていたという事だ。


「少し古い写真だけど、ないよりはましでしょう」
 そう言ってマギーは微笑んだ。
「指輪、期待しているわ。本当に大事なものなんだから」


 かっこうつけたままのオレのこめかみにキスをして、マギーは去っていった。それがオレが見た生きたマギーの最後だった。きっと誰かに尾けられていたんだろう。その夜の内に彼女は全身を切り裂かれ、赤く冷たい固まりになってごみ捨て場に放置されていた。


 写真は確かに古かった。変色しているし、隣で笑っているマギーを見たって、それが10年近く前のものだってことはすぐにわかる。痴情がらみ? まさか、マギーはそんなバカな女じゃない。オレは西の町のモーテルを回り、聞き込みを始めた。


「人を探しているんだ。この顔に見覚えはあるか?」
 反応はよかった。掃除婦は写真を一瞥すると、少年に見せるような目でオレに微笑んだ。
「あんた、そいつを捜しているのかい?」
「金を貸しているんだよ」
「金? それがあんたの一番大事なものだったのかい?」
 嘘を見破るようにモーテルの掃除婦は言った。
「会ったことあるのか?」
「‥‥‥」
「頼むよ、オレの女が殺されたんだ。こいつが犯人かどうかは分からない。でもきっと大事なことを知っているはずなんだ」
「さっきまでこの部屋にいたよ」
 オレは愕然とした。ここにいた?
「冗談だろう?」
「いたよ」
「どっちに向かった!?」
「知らないよ、知ってても言わないけど」
「おい、人が死んでいるんだぞ」
「それはこれとは別件だね」
「何故わかる」
「殺しはやらないよ。あたしも昔、あいつを愛していたからね、それくらいはわかる。」


 頭がくらくらした。さっきまでこの部屋にいただって? オレは慌てて掃除婦の手の付けていない手がかりを探した。浴槽の髪の毛、布団に付いた体臭、灰皿の吸いがら、何かの食べかすだっていい。しかしないのだ。何ひとつない。プロの仕業だ。残されているのは女のものばかりだ。


「頼むよ、ヒントでいい。この写真と今のあいつは似ているかい?」
「似てないね。あたしじゃなければまずわからないだろうね」
「今はどうなんだ? 太ったのか? 髭を生やしているとか」
「いや、至って普通さ」
「顔の傷を治したとか」
 そう言うと薄汚いベッドをなおしながら、掃除婦はげらげらと笑った。
「そんなのあてにしちゃいけないよ。その傷はあいつのお得意の変装だからね、増えたり減ったり思いのままさ」
「じゃあ、この顔はあてにならないってことだな」
「体型や背丈だって、あいつは自由自在だよ」
「まさか」
「本当さ、女としけ込むときだって、行きと帰りで別人だからね、大抵は」
「じゃあ、あんたはどこで見分けてた? 声か?」
 そう言うと掃除婦は手を止めて、天井の一点を見つめ、思い出すようにこう言った。
「‥左利きなんだ。左腕であたしを抱いたら、多分そうさ」
 指輪を取り返したいだけで、そいつに恨みはない。ただ殺された女のことについて何かを知っているはずだから、それを聞きたいだけだと言っても、掃除婦はそれ以上何も教えてはくれなかった。それどころか
「程々にしときなよ。あんた、あいつを追っかけ始めたら、男だろうと女だろうと二度と戻れないところにいっちまうよ」
 なんて、不敵に笑うのだった。 


「はぁ、その方なら存じております」
 その次に会ったのは劇場の支配人だ。概略を伝えると、背の高い男は手を前に組んだままそう言った。
「お得意さまでございます。昨日も美しい女性の方を連れてオペラをごらんになって行かれました」
「この顔で間違いないか?」
 オレはさっそく写真を取り出して見せたが、支配人はぽかんとした顔を見せた。
「さぁ、この方は存じませんが‥」
「よく見てくれ。あんたぐらい背が高くて痩せてて、こう傷があるはずなんだが」
「いえ、当劇場にいらっしゃるお方は白人ではございませんし、背もどちらかというと私よりはこれくらい低くいらっしゃいますし、傷なんてまったくございません。りりしい顔していらっしゃいます」
「じゃあ、なぜオレの探している男だとわかる?」
「大事な指輪を盗まれたとおっしゃいましたよね」
「あぁ」
「その指輪を見たんです。昨日」
「そいつの指にあったってことか」
「その通りでございます」


 確かに目立つ指輪ではあった。ベッコウをくり貫いた巨大な指輪だったからだ。そんな成金風の黒人がはめていたなら、気の利く奴なら目に留まるのかも知れない。
「指輪だけど、どの指につけていたか覚えているかい?」
 と試しにオレはそう聞いてみた。
「そうですね、あの方はアクセサリーがお好きでいらっしゃるんですが、たくさんつけた指輪も左手だけにはなさらないんです。左利きなのでおそらくじゃまにしたくないんでしょうね。右手の小指につけていらっしゃいました」
「‥左利きか。いまどこにいるか、見当がつくかい?」
「‥‥‥‥」
「頼むよ、人が死んでいるんだ」
「それはおそらく別の事件ですね」
「なぜ、わかる」
「あの方は泥棒ですが、人を傷つけたりはしないからです」
「わかった。話しだけでも聞きたいんだ。オレも手荒なまねはしないよ、約束する。どこにいるのか教えてくれ」
「はぁ、もうそろそろ劇も終わるので、出ていらっしゃるかと思いますが」
 オレはまた殴られたような気持ちになった。ここにいるだって? 
「ここにいるって言ったのか?」
 オレははやる気持ちを抑えられなかった。
「いらっしゃいます。しかしお客様、劇が終わるまでお待ちください。これだけは命令です」
「待てるかよ」
 厚いドアを蹴やぶろうとすると、とたんに大男が4人集まってきて、オレの手足を取り、身動きできないように押しつけてしまった。
「私があなたに協力したように、あなた様も私たちのルールに従ってもらわねば困ります。わかりますか?」
 オレは口の端から泡を吹きながら、わかったわかったと言った。オレの体をバラバラにするのなんか、訳なさそうな4人組だった。オレは起こしてもらい、上着の汚れをはたいて劇が終わるのを待った。ドアが開き、たくさんの客が中から出てきた。オレは黒人で、女連れで、右手に大きな指輪をつけた男を探した。出口はひとつしかなかったが人数が尋常じゃなかった。2000人はいたんじゃないか? オレはめまぐるしく眼を動かし、匂いそうな男を探したが無駄だった。ほとんどすべてが指輪をつけた女連れの黒人だったからだ。


 オレはすっかり落ち込んで、その日の調査をあきらめた。ホテルのバーに行き、バーボンを頼んだ。マギーが死んでしまっている今、べっこうの指輪を見つけて喜んでくれる人も、ギャラを振り込んでくれる人もいないわけだが、後味の悪さがあとへ引けないオレのプライドをくすぐった。それに死体解剖の結果、マギーを殺したのは知人の犯行であり、ナイフの傷はすべて左腕から振り下ろされた角度に位置していたと聞かされたせいもある。


「何か、おつくりしましょうか」
 空になったグラスを見てバーテンが言った。
「じゃ、こいつを頼む」
 オレは悪びれて、指輪と男の写真を見せた。バーテンは笑った。オレも笑った。でもバーテンは言ったのだ。
「御相席なさいたいのですか? お呼びしましょうか?」
 くわえていた煙草は唇についたままぶら下がった。オレは言葉が出ずに目を丸くしたまま何度もうなずいた。歩き出したバーテンの姿を目で追うと、店の奥の折れた向こう側へと向かった。しばらくしてバーテンは帰ってきて、コースターをオレの前につきだした。裏返してみるとメッセージが書いてあった。


「さっそくのお誘いですが、私はお酒が飲めないもので、相席にはご遠慮させていただきます。また機会がありましたら」


 オレは立ち上がり、奥の部屋へ走っていった。バーテンが呼び止めたがもう全速力だった。真鍮の飾りのついた来賓用のドアを開けて、中を見た。オレは途端に酔いが覚めてしまった。ドアの向こうには今は使われていないホテルの旧館の廊下が広がり、砕けたコンクリート壁からはちぎれた夜空が広がっていた。吹き込んできたかび臭い突風と、突然のことに驚いたコウモリが飛び交って、バーの中は大騒ぎになった。テーブルの花瓶が床で砕け散り、ろうそくの火が消え、真っ暗になった。ぎいぎいと鳴きながらたくさんのコウモリは客の頭を噛み、倒したグラスの酒に火をつけてしまった。


 オレは蝶ネクタイを引きちぎり、手がかりを探した。ドアはもうひとつあった。非常口だ。オレはロックを外し駆け下りた。上からのぞき込むと先を走る男が見える。あいつだ。もう逃がさない。オレは得意の早降りで、階段を飛んで降りた。しかし、男の先には車が待っていた。オレはわきからコルトを出し、走り去る青いスポーツカーのテールランプを二つとも割った。タイヤを狙った結果そうなった。スポーツカーは夜の街に消えてしまった。


 オレは道路に落ちた赤いプラスチックの破片を拾い上げた。特徴のある形状は見覚えがあった。70年代のコルベットのものだ、間違いない。なぜならそれはオレの子供の頃からの憧れの車だったからだ。それくらいはわかる。この街はそんなに広くない。テールランプの壊れた青い古いコルベット、明日にでもそいつを見つけて見張ればいいのだ。奴はそこに必ず帰ってくる。そう思った。


 ホテルの戻り、フロントに電話を掛けた。
「モーニングコールを頼む」
「かしこまりました。お留守の間、ことづてが入っておりますが」
「聞こう」
 そう言うとフロントはテープレコーダーに接続した。ざらざらした音の向こうで、か細い男の声が聞こえた。
「相席できなくて残念でした。追いかけられるのは昔からどうも苦手でして。私に何かを望むのでしたら、おやめになった方がいいです。僭越ながら地下にプレゼントを残して置きました。お気に召すと思います。それでは」


 地下には駐車場があり、オレを待っていたかのようにぴかぴかに磨かれたコルベットが停められていた。テールランプはどちらもとっくに直っていて、銃撃戦をした後とはとても思えなかった。なぜか右ハンドルだった。オレは憧れの車のシートに身を沈め、新車の匂いを深く吸い込んだ。財布からマギーの写真を取り出して眺めた。


「どうする?」 


 マギーは笑っていた。オレは左腕で恋人の肩を抱きながら、この車でドライブするのも悪くないなと思った。