lovefool

たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) 

七夕


 へたくそなスナップみたいに、君の笑顔はいつもはみ出してた。銀色の鉄塔の下で抱き合い、小さな魔法を授けてくれる。晴れた丘の上で渓の白い尻を撫でる。夏の草いきれ、脱ぎ捨てた彼女の白い下着に這っているフタホシてんとう。背骨の窪みにたまった汗のしずく、照りつける太陽に届くまで、僕らは手を伸ばし続ける。


「ピアス、増やしたんだ」
「‥ん、うん」
「まだ少し、腫れてる」


 僕はその左耳に舌を這わせた。渓は羽化をするように小さく震えた。淡い唇、果てしない空、快感に溺れながら、僕らはもつれ何度も転げ合った。


「今日、行く?」
「ん?」
「お祭り、七夕でしょ」


 鉄塔に昇った。乾いた汗に風が気持ちいい。そこから町を見渡した。神社に集まる人達、屋台を組み立てる人達、学校帰りの子供達がはしゃいでいる声も聞こえる。河原の方では花火も控えているだろう。この町一番のイベントだ。


「なぁ、最後のお祭りになるな」
「最後の、とか言わないでよ」
 下着をつけながら渓は言った。
「だってそうだろ」
「東京に出るくらいでまったく、この世が終わるわけでもあるまいし」
 そう言っていつも僕にするみたいに笑った。そんな笑顔を僕はひとつひとつパックにしておかなくちゃならなかった。
「七夕ってさ」
「んー?」
遠距離恋愛の話なのかな」
「えー?」
「だってさ、織り姫と彦星は1年に一回しか会えないんだろ?」


 渓はつまらなそうな顔をした。僕もつまんないこと言っちゃったなぁと思った。わざとらしく声をあげて伸びをして、鉄塔を飛び降り、鉄条網の中から出た。


「行こうぜ、お祭り。オレ橋のとこにいるからさ、着替えてこいよ」
「いいよ、このままで」
「着替えてこいよ、最後だろう?」
「だから、最後最後って言わないでよ」


 僕は笑って丘を駆けて下った。最後の夏だ、と思った。七夕祭りが終わると、この町の秋冬は、のっぺりと何もなかったみたいに過ぎてしまう。僕は思った。今までの夏より眩しくしよう。思い出そうとしても眩しすぎて目がくらむような夏だ。光さえ残っていれば、光のことさえ渓が覚えておいてくれれば、僕なんか忘れてくれたって構わないのだ。


 口笛を吹いて橋のところで待っている間、いろんな人達が通り過ぎる。魚屋の兄貴、地主のおじさん、クラスではいつも目立たない美代子まで今日はおめかしして輝いて見える。


「誘って欲しい?」
「何、言ってんだよ。お前となんか行かないよ」
「かっこうつけんな。誰も待っていないくせに」
「待ってない? そう見える?」
「見える。だから誘ってやる」
「だめだ、先約あるから」
「嘘ばっかり」


 そんな押し問答をしていたら、美代子の勢いがぱたっと消えた。僕も薄笑いを浮かべたままその目線の先を追ったが、同じように固まった。


 ‥綺麗だった。だって他に言いようがない。僕はくわえていた煙草を落としそうになった。美代子は黙ってその場から退散し、渓はくすくすと笑ったけど、それはなんだかもう、別の世界からやってきたみたいな美しさだった。


「ご希望に添えたかしら?」


 と自慢げにその浴衣で気取って見せたけど、僕の喉はからからだった。うんうんとうなずき、犬みたいに尻尾を振った。


 ベッコウ飴、ソース煎餅、くじ引き、あんず飴、チョコバナナ、カルメラ焼き、スーパーボールに金魚すくい。渓の手を引いて屋台の喧噪と明かりの中を歩くのは悪くなかった。すれ違う人はもちろんうらやましそうな顔をしたし、みんなが二人のために道を開け、まるでどこかへ導いているようにも見えた。湯上がりなのか、渓のうなじからはいい匂いがした。多分ただの牛乳石鹸だ。さっきまで抱き合っていたっていうのに、僕はまたいやらしい気持ちになった。


 境内で鐘を鳴らし、お互いの願い事をした。
「何をお願いしたの?」
「教えない」
「いいじゃん」
「願い事は人には言わないの」


 神社の裏から丘に昇り、鉄塔の下でもう一度抱き合った。彼女は浴衣の下に下着をつけていなかった。足を割り、指を沈めると、彼女は昼間と時よりずっと熱い吐息をもらし、僕の首に白く長い手を絡ませた。


「もうずっと、帰らないのか?」
「そんなこと、ないよ」
「1年に1度?」
「‥そんな、こと、ない」
「嘘でもいい」
「嘘でもって?」
「信じられるんだったら、何でも」
「そんなこと、言わないでよ」
「だって、離ればなれだ」
「大丈夫よ」
「あーあ、オレももっとがんばればよかった」
「もう、ホントだよ」
「こういうことの積み重ねでさ、きっとダメんなったりするんだよなぁ」
「ばっかみたい」


 そう言って彼女は僕の頭を抱えキスをした。やさしく温かいキスだ。なんかちょっと涙が出た。


「何、泣いてんのよ」
「泣いてねぇよ」
「だって、目が‥」
「来年はチュウしたりできないなぁと思って」
「できない? できるよ、夏休みだもん」
「帰ってこないかも知れないじゃん」
「帰ってくるよ」
「信じとこうかな」
「信じとけよ」


 そう言って渓は男の子みたいにからっと笑った。そうして抱き合って、お互いがそこにいることを確かめあった。通算おそらく一番のセックスだった。目を閉じて快感に身を委ねながら、眩しいな、と僕は思った。その後、何年待ったって渓が帰る夏は来なかったけど、その眩しさは忘れようがなかった。