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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

  ラヴフール(www.lovefool.jp) * * * * * * * * *

スイミング


 白く長い2本の足が私の前でひらひらと揺れている。私は青いプラスチック越しにその長いその尾ひれに手を伸ばす。自分の心臓が、水の中で正確なリズムを刻むのを感じる。


 由希子先生の後について水に体を沈めていると、このまま温度の保たれた水の中で、言葉のない世界の中で、ずっと生きてゆけないかなと言う気になる。それはもちろん家庭や仕事を抱えた50間近の私の、他愛のない逃避願望に他ならないのだけど、そうした曖昧で軟弱な気持ちを肯定せずにはいられなくなってきたのも、年のせいだけではないような気がしていた。 


 再来年に予定されていた常磐新幹線の建設が気まぐれにルートを変えたせいで、自社で進めていた大規模な建て売り住宅の販売計画は、簡単に頓挫してしまった。何日も掛けて築きあげた砂の城が、波にさらわれて跡形もなくなること以上に、それはあまりにあっけなく、儚いことのように思えた。プロジェクト・マネージャーであった私は仕事をなくし、ボーナスを失い、部下の信用を失った。5年越しの計画だったために、私も会社も受けた損害は計り知れなかった。0のたくさん並んだ請求書はもちろん、私個人で言えば、課長昇進で勢いづいたときに購入してしまった埼玉のマイホームがあった。高2の娘、中3の息子に与えたそれぞれの個室。この年になるまで、ずいぶん長い間、同じ部屋の中で我慢してもらった。学校は山の手線圏内の私立だったから、西武線沿線にあるその建て売りはうってつけだった。妻も喜んだ。20年ローンだって、本当ならずいぶん早く返せる予定だったんだ。


 溜息ばかりついていても仕方がないと、妻も前向きにパートを始めた。午後の短い時間だけの話なので大した金にはならないし、私だって失業したわけではないのだから生活ぐらいは何とかすると言ったが、妻は聞かなかった。食費ぐらいは浮かすことが出来るから、あなたは仕事に気持ちを専念してくださいというのが、妻なりの心遣いらしかった。


 とは言え、会社に行っても仕事は依然ないままだ。私の管轄であるプロジェクトは解散になり、それぞれ別のプロジェクトに散っていった。私はその後の片づけを一人でまかされていた。金の流れ、人の流れを時間軸に沿って並べ直し、プロジェクト失敗のプロセスをデータベース化する。そんな数字の羅列やハンコばかりの紙切れが誰の何の役に立つのかは疑問だ。はしゃぎすぎて反省文を書かされている子供より、私の気持ちは釈然としなかった。誰もが、私のせいではないよ、あれは災難だったと慰めてはくれるのだが、書類上は明らかに私の責任として日々処理されてゆくのだった。


 飲みにつきあうこともめっきり減り、私は疲れていた。家に帰っても誰も不平を言わなかった。妻も子供たちも無言のまま私に同情してくれた。それが辛かった。


「楽にしてなよ、父さんはだいたい働きすぎだ」とか
「休みの時はゴルフでも行けばいいのに」とか
「今度のバイト代でみんなで焼き肉を食べに行こう」とか


 本当はそんなに強くなかったはずの家族の絆が、私の失敗を期に無理に強まった気がしてやるせなかった。そんなのちっとも健康的じゃないのだ。していい家庭崩壊など、どこの世界にも存在しないのはわかっていても、ダメな父親を見て妻が浮気したり、娘が家出したり、息子が反抗期を迎えたりという方が、私の中では遥かに自然に受け入れられた。それが誰かの目に間違って映ろうとも、私には演じられた家族の幸せの方が、気味が悪くて仕方がなかった。


「はい、じゃあ、ラスト3本で今日はおしまいにします。お疲れさまでした」


 由希子先生が笛を吹いてそう言った。私はゴーグルをはめなおして、また全身を伸ばし正しく浮かぶところからやり直した。2週間たった今でも、私は5メートル以上泳ぐことが出来ない。由希子先生にはもとより、息子に毛が生えたくらいの年のインストラクターにも毎日のようにしごかれる。だが、それは悪くなかった。ダメな奴がダメと言われ、出来る奴との差異をはっきりと見せつけられる世界で、私はどこにもない安心感を得ることが出来た。


 そのスイミング・スクールはドルフィン・クラブと言って、会社とも家ともどこにも近くないところの住宅街にぽっかりとある。ジムにあるような近代的な設備もないし、入学するのにも何の審査もないし、昼間は小さい子供たちに教えているような、いわゆるスイミング・スクールである。その夜のコースに通うようになったのは、もちろん泳いでみたかったからだけども、私が熱帯魚を好きなせいもあった。家の書斎には大きな水槽があって、そこに私はたくさんの熱帯魚を飼っている。高い水草を買い、水温をコントロールし、phを管理して、私はそこにいつも自分だけの小さな楽園を見ている。虹色の長い尾ひれをはためかせて優雅に泳ぐ魚たちは、まるで小さな天使に見えた。何より彼女たちは言葉を話さないという点で完璧だった。私が手入れをし続けなければ、この小さな楽園は明日にでも簡単に終わってしまうのだろう。でもそうして終わってしまっても、彼女たちは私に何一つ媚びることなく、美しいまま死んでゆくのだろう。そこがよかった。嘘がない気がした。そういう魚たちを眺めている間に、自分もその楽園の中で暮らしてみたい、彼女たちの美しさのそばにありたいと思うようになったのだ。


 楽園が楽園であり続けるためには、私の所属する現実に可能な限り遠い方がよかった。私は自分の生活範囲を記した大きめの地図を手に入れ、コンパスで仕事が終わった後に1時間半以内に行ける範囲の円を書いた。それは意外にも大きかった。調べると、その中にあるスイミング・スクールだけで14校あることがわかった。そこからより家に遠く、派手すぎるジムを除き、最終的には魚の名前の付いたドルフィン・クラブに決めた。本当はもう一つ、もっと熱帯魚らしい名前のいいスクールがあったのだけど、由希子先生の姿を2階から初めて眺めた瞬間に決まった。このドルフィン・クラブが一番、私の楽園に近い気がしたのだ。


「笹山さん、明日からヘルパーを一つに減らして泳いでみましょう」


 その日、私が由希子先生と交わした言葉はそれで全部だ。言葉はより少ないに限る。私も由希子先生に、会釈はしても返事をしない。


 由希子先生は授業の終わった生徒を更衣室に見送ると、スイマーとしての自分の時間になるのか、ひとりでプールに戻ってゆく。私はその姿を見たくて、ロッカーに戻るとろくに髪も拭かずに2階の見学席に走ってゆく。背広で息を切らせ、濡れた髪を振り乱して走る私を、他の生徒は冷ややかに笑う。当たり前だ。他の人がそうしていたら、私だって笑う。そうしていつもの手すりまでたどり着いて、老いた体の息を整える。私だけの特等席だ。誰も知らない。ここからだと見晴らしがいいのはもちろんのこと、由希子先生からはこちらが見えないはずなのだ。由希子先生の泳ぐ姿を眼下に確認して、私はやっと誰でもない誰かになれる。水槽の熱帯魚を眺めるように、私は由希子先生の泳ぐプールを眺める。そこは私の意志で存在している楽園ではないけれども、由希子先生の涼しげな背泳ぎを見るそのときが、他のどんなときよりも落ちついた自分でいられるのだった。


「最近、お疲れなのね」
 私の鞄を手に取り、妻は心配そうに言う。
「お仕事大変なの?」
「いや、それほどでもないよ」
「あまり無理をなさらないでください」
「大丈夫だ」
「父さん、遅いね、最近」
「疲れてるんじゃないの?」


 プレイステーションをやりながら、娘と息子も私を気遣う。私はそうして現実世界の父親としてこのフローリングの床の上に帰ってくる。重力の少ない水の中とは違い、そこには見えない糸が無数に絡んでいて、私の足をきつく縛り上げる。2児の父親として、夫として、男として、限られた選択の中での行動を強いられることになる。妻のつくるいつもの夕食、テーブルの同じ位置に置かれた冷えたモルトの缶、綺麗に折り畳まれた今日の夕刊。風呂の温度や水位が変わらぬように、娘や息子もまた悩みのない若者を演じ、私の前で気丈に振る舞う。建て売りのこの家はまるで、精巧につくられた舞台装置のようだ。


 とは言え、このちんけなホームドラマを終わりにしようと大見得を切れるほど、私も力に満ちていない。きっとみんなも同じ想いなのだろう。無駄な傷や面倒を家族内で背負い込むよりは、表面上の安定を求めるよう、実践しているのだろう。そしてそこで使うべき体力を、もっと個人的で建設的な問題にまわしているのだろう。そうであれば、私の出る幕などない。一人で部屋にこもり、安心して水槽やプールに楽園を夢想していられると言うものだ。


 由希子先生の背泳ぎを想いながら、妻の体を抱く。由希子先生をまとう、やさしく軟らかな水のように私は妻の体を撫でてゆく。それはとてもエロティックな気持ちだ。43才を迎える妻の体は由希子先生ほどではないにせよ、無駄がなく、美しい。パート先でもきっと誘いの一つや二つあるだろうに、彼女は私の妻であることを自分に課している。休日も出掛けたことがない。そしてそれについて何一つ不満を言うこともない。ときどき、おいしいものでも食べに連れていってくださいと私に甘える程度だ。母としてもよくやってくれている。悪びれずに育ったあの二人を見れば、妻が私のいない間、どれだけよくやってくれていたかがわかる。私だけがつまらぬ妄想にばかりふけって、あるべき父親としての姿をゆらゆらと保てずにいるのだ。


 由希子先生の泳ぎ、長くのびた腕と足。言葉のいらない完璧で揺るぎのない世界。私は同じ水の中で届かない楽園の姿にと手を伸ばす。彼女の蹴りあげる遠い水の音、私の中を流れる赤い血液の音、今日もおいぼれた醜態をさらしながら、私はドルフィン・クラブに通う。