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たかなべが、ゲームやそれ以外の関心事を紹介します。

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Wiiのある生活

takanabe2006-09-14



DS以降の任天堂の発表を見ていると、なんと言うか、心が洗われる感覚になるね。


スライドショーで、僕は2箇所で涙が出た。
http://www.nintendo.co.jp/wii/topics/wii_preview/presentation/index.html


「DSの普及はWiiの普及を保証するものではない」ってのと
Wiiのある新しい生活を提案します」っての2箇所。


ゲーム機、としてのWiiのライバルは、PS3でもXbox360でもなく、ニンテンドーDSPS2なんだよね。家庭にゲーム機なんて1種類あればあとは友達同士でソフトを貸しあってそれで満腹なわけで。DSは確かにゲームから離れた層を呼び戻した。すごいことだと思う。でもその人たちを全員スライドさせてテレビの前にも楽しく巡回してもらおうって言う提案は、DSの成功とは別の次元だってのを自覚的に明言してて、すごいなぁって思った。浮かれてなんかいないよ、新たなスタートを自分で切るんだよっていうそういう意志。


もうひとつのキーワードは「生活」という言葉。映画も音楽もテレビもPCも携帯電話もゲームも、みんなの生活サイクルにうまく組み込めないものは、これからどんどん廃れていくし、逆に毎日のサイクルの中に一回、あるいは1分でも打順を組み込まれたコンテンツは、そこを軸足に無限に広がっていく可能性があるってこと。現状あふれる無料のwebサービスは、その打順の取り合いに夢中。mixiGoogleの拡張のされ方、ユーザーの関わりあい方の多様性についてイメージしてもらえれば、かなり近似値だと思う。一昔前だと「ポータル」なんて呼んだりしたよね。それってイコールそれぞれ生活に溶け込んで、離れられない価値のある場所になるって意味だよね。


そういう意味のある言葉「生活」ってのが、ゲーム会社から一般家族に向けて投げられたのが、とても革命的で革新的だと思った。ここに向けられたプレゼンの相手は、開発者や小売やディープなゲームオタクではなく、一般生活を一般の感覚で行っているほとんどすべての人たちだから。パソコンに詳しい必要もないし、ある特定の世界に傾倒している必要もないし、子供が危険な世界に巻き込まれる可能性も少ない。そういう当たり前にそうあって欲しかったことが、当たり前のサービスとしてやっと姿を現し始めるそういう予感。5歳から100歳までが自然に笑顔になるようなそんな夢のような時間と空間を共有すること。


ゲームの将来について、10年後のことも真剣に考えてるのは任天堂だけだなぁって、子供の頃から思ってて、大人になった今でもリスペクトはやまないんだけど、ものづくりの姿勢と、僕がゲームのみならず向かっていきたい方向を今また新たに宣言されちゃって、なんか自分の親のかっこいい姿を見ているような、そういう感動があったなぁ。