lovefool

はてなダイアリー版(1995〜2018)の過去ログです。更新はありません。

ぼやき

takanabe1999-04-07



うーす。オレです。1週間ぶりの更新。待ってたみんなもそうじゃないみんなもありがとね。僕は元気です。なんか最近やる気が全然なくてスマンね。表紙で塗り絵とか募集してるけど、まだ一通も届かないのでかなりすねてます。次の更新は誰かの塗り絵が上がってきてからにしようと思っていたら、危うく閉鎖になりそうでした。勘弁して下さい。悔しいので盛りだくさんの更新をしてみた。だからもうちとかまって。おっさんだからダメ? うーん。

宇出津和仁 ギャラリー


ウデツ式のうでっちからもらったポストカード4枚セット。短時間でがーっとやったはずなのに、こういう安定感が出せるのは、見ているこっちが安心します。じっくりと時間を掛けた詰めも肝心だけど、可能性を探る暇もなく、初期衝動の勘を信じずには進めないときの方が実際の仕事では圧倒的に多い。そうした中で時たまのホームランではなく、コンスタントにヒットや2塁打を打ち続けるのがプロなんだ、と昔父に言われたのを思い出した。僕は仕事が遅くて有名です。残業代成金? かっこわるい。

映画「バグズライフ」

バグズ・ライフ [DVD]

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ホントにすごいモノに出会ったときは言葉が出ない。なぜなら「すごい」って気持ちは何かを超越したっていう意味合いが強くて、自分の中に対応する経験や似たようなモノに置き換えるボキャブラリーが存在しない場合がほとんどだからです。


このお話しは有名な「アリとキリギリス」をベースに描いたピクサーのフルCG映画。で大抵の人はその文面の中で「フルCG」って言葉に一番反応するんじゃないかと思います。確かに10年前までCGは映画の演出上、最も重要とされる部分にほんの数分間、用いられるだけでなんかすごい手間とお金と時間をかけた珍味のように丁重にもてなされたものだった。でも99年という現在、CGっていうのは豪華で変わった演出ではなく、あくまで便利な筆や特殊メイクやカメラのひとつとしてふつーの存在になりつつあります。高速で安価なパソコンができてきたことで逆に今までの映画では考えられなかった個人作業と小さな資源でゴミも出さずに大きなヴィジョンを完成させることができるようになったしね。モニターの向こうの空間ではそれこそ重力や天気、カメラの取り回しなんかに振り回されない完全自由空間が拡がっているわけだから、あとはもうセンスでしょう!って時代がついそこまで来ている訳ね。


で、トイストーリーを機についに100%モニター上でできてしまった映画っていう時代が来たわけ。これはその後の進化を望むべく第2段って言うのもまぁ、お話として間違ってないよね。でもこの際、その辺は一切切り捨ててしまえ!と僕は言いたい。それはここで使われている技術が半端なモノだから目をつぶれっていう意味じゃなく、初めて生まれた「技術を見なくて済むCG映画」としてあまりに完成されているからです。


偉い誰かの言葉で「究極に進化した技術は魔法と区別が付かない」っていうのがあります。あまりいい例えとは言えないけど、自動ドアの仕組みとかって普段あんまり考えないじゃない? それはアレが便利な道具として直感的な部分で不便や不自然を感じないほど洗練された姿だからだと僕は思うのです。例えば、ビデオの留守録に失敗すると「操作がむずかしすぎるんだよ!」とか「予約項目を画面で確認できなかったせい」とか「テープの残り時間ぐらい表示してよ」とか様々な不満が生まれて、とてもじゃないけど「魔法」なんかじゃいられないわけね。この「バクズライフ」は技術の上ではかなり魔法レベルに到達しています。なんかもうそういう世界がそこにあるとしか思えないと言う点ではある意味「実写」かもね。で、いやらしくないんです。技術のひけらかし展覧会とかになってない、物語のための技術っていう在り方が徹底されていて美しい。光の過剰な扱い方とか、異常なアングルのカメラワークとかに走らないで、骨をしっかりつかんで、そこにだけ力をそそぎ込めるのは、まさにオトナのなせる技と言う気がします。


物語としてもあらかじめ子供とオトナが混在して見ることを想定してあって、「セサミストリート」的なおもしろさと「ファミリータイズ」的なおもしろさがうまい具合にミックスされた脚本は、ほんと感服モノ。どちらにもこびないでどちらも満足させることなんて机上の空論だと思ってたんだけどな。できるんですね。


作品としての無駄のなさや完成度はもちろんとして、エンドテロップにおまけ映像が付いてくるんですわ。それは先に言ってしまうと「CGキャラクターたちのNGカット集」なんだけど、この洒落で、この制作者たちがどういう意識でこの作品を作り上げたかよくわかった。任天堂の技術者が以前こんな事を言っていたんです。「よく、どんな仕事をしているのかって聞かれて、多分ゲームソフトを作っているって答えるのがわかりやすいとは思うんだけど、我々はこう言うことにしています。向こう側を見るブラウザをつくってるって」


僕はこれを聞いたとき本気で涙がこぼれた。「画面の向こうに世界をつくっている」のではなく、世界はすでにそこにあって、それをどう便利に快適に見させるかっていう仕組みを作っているという意識の高さ。バグズライフのエンドテロップもまさにそういう文脈から生まれた洒落に他ならない。これって「まるで生きているみたいに人工のモデリングを演技させて映画風につないだ」んじゃなくて「彼らはあらかじめ生きていて、彼らの主役に据えた映画を撮った」んだって言う意識の現れですよね、間違いなく。そんな映画がすごくないわけがないじゃない? 見に行けって、今すぐに。

にじんでこぼれる(光)


光の速度で飛んでいった。結婚前夜の憂鬱と奇跡の桜。2回も空に駆け上がって、大事な温度を確かめ合った。あやふやな夜をぎりぎりでやりすごして、蜻蛉みたいに儚くて燃えるような時間のむこうに薄曇りの朝。そんな時間の悲しさには覚えがあった。


聞き分けのない女の子のように泣き散らかして、ぱさぱさになった気持ちを冷めたブレンドのわきに端からていねいに並べてみせた。もう同じことを繰り返すのはごめんだった。抱き締めたいのは温かく柔らかいそのカラダだけじゃなくて、求めているのは数字で割り切れるような硬質なものでもない。わがままで、自堕落で、愛くるしい、そんな圧倒的な力に任せたこの想いは、誰よりも君に通じると思ったんだ。


やがて謝るようにしてはにかみ屋の天使が笑った。僕はそれでやっと下界に帰る勇気を授かった。今、羽を失ったら、2度とこの景色を見れない気がしたから。


はめ殺しの窓を雨が叩き付けていた。僕は眠りの中でもその手を離さなかった。久々の重力に声もでない程疲れた僕に、天界からの鈴の音。


「もう、声が聞きたくなっちゃった。恥ずかしいね」


恥ずかしいもんか、と僕は思った。景色に色が表れて、やがて雲間から強い光が溢れ出した。