lovefool

はてなダイアリー版(1995〜2018)の過去ログです。更新はありません。

長雨と贅沢


雨が続くね。毎日。今週は気球の乗りに行く予定なのに、ずっと雨らしいね。よわった。


雨が降ると景色の輪郭が甘くなるのが好き。傘も好き。窓の外をザーって車が通り過ぎる音とかも割と好き。カーディガンとか着て、熱いミルクティとか入れて、ふだん忙しくて読まずに積んで本とかに没頭したい。小さく音楽もかけてね。


なんかの広告だったかな。「海に来て一日ぼーっとすることがこんなに贅沢だったなんて、子供の頃は気づきませんでした」みたいな文章をどっかで読んで、そういうなんにもない時間がほとんど全くなくなってしまったことに気づいた。ただ外の音を聞く時間とか。太陽を見上げたりとか、変な寄り道とか、すごい空腹とか。


大事なモノやコトはたいていの場合「意味」の中には含まれてなくて。無意味に何かを感じ取る「小さな発見」の中に新しい自分を見るんだなぁと実感。「何かしなきゃ」とか「今こそこれ」とかじゃないベクトル。その中の出会い。足りなすぎるね、びじびじでー。それを贅沢と呼ぶのかも。

両極端(グレイプバイン←→トライセラトップス)


ヒトツキにだいたい20枚はCDを買う。生きてくのに必要だから。その内の半分ぐらいがジャケ買いだったり、一曲一曲のタイトルに惹かれたり、季節の微妙な変わり目のせいだったりすんだけど、人に勧められたから買うっていうのはない。なんか1回以上聴けた試しがない。なんらかの恋をしてからじゃないと入り込めないのね。自己チュウの典型。


で、今日紹介するのはその中でも紹介指数の高い2バンド。どっちもベクトルの全く違ったかっこよさの溢れる期待の新人。っていうか、出会ってから時間の経ちすぎた今、巷でもかなり有名になってしまいましたが。


どっちも好きになれたんだと思う。一日一度は聴くし、聴きたいし。歌いながら今日も会社に通ったりしてます。楽しい。素敵な時間。でも、やっぱりどうしても手放しに「わー!!」ってなれない。理由はハッキリしてる。どっちも「両極端すぎる」から。

退屈の花

退屈の花

グレイプバインは全員曲が書けるって言う、それはすごい密度なバンドなわけ。聴いてみたらわかるけど、4人が4人オレがオレが状態で自分の楽器の音を叩きつけてくる。どのパートをとってもクライマックス。ぎゅうぎゅうに様々な要素を詰め込みながらもベテラン並の技術力でがっちりパッケージしちゃうってタイプ。


そこに乗る詞もまたすごい。つーか重い。

経験不足だった 恥すべき僕達は 禁断の味わいに溺れた
本当はもっとこんな風に話したみたりしたいんだよ
後悔も適当に咲乱れるなんてわがままだった かもね
”いきおい”はなしでさ 抱き合いたいよ
こんなになって待ってるのに

すげえ衝撃。こんな詞書けないし、思い当たる節多すぎ。カラダに悪いっす。しかも何が問題って、この曲一曲なら「すげえ!」で終わらせられるけど、アルバム一枚全部こんな感じ。休憩時間なしで峠越えさせられる気分。くたくた。もう勝手な妄想とか通り越して、トラウマのひきがねにさえなりかねません。

TRICERATOPS

TRICERATOPS

で、片やトライセラ。多分日本中で誤解して好きになってるファンは50%を越すだろうってくらい外に向けて開かれ過ぎた音楽。3ピースのむちゃくちゃ軽快なギターバンド。ジャケデザインも軽ければ、3人とも女の子にもてそうだな。曲を聴いてるだけでキャラクタープリントのTシャツを来た中高生の女の子がきゃあきゃあ言ってるライブが想像できます。


多分感性そのものが最初から垢抜けちゃってるんだろう。生きてて失敗したことが一度もないとかさ。そういう人って時々いるよね。ふつうにしている生活そのものがポップど真ん中って感じ? 声のファニーさや底抜けな詞の軽さも手伝って、聴きようによってはジャニーズのバンドみたいに取られちゃったりすんだろうな。しかも計算なしだし、彼らの場合。

本物のビンテージジーンズ持ってた君
僕も欲しかったけど ちょっと高すぎ
その変わり復刻版買って
自分で年季入れることにしようと決定
毎日履いて味のでたとこを
君にはやく自慢したかった

いやいやすごいって、ホント、逆の意味で。ここまでどうでもいいことってなかなか書けないもん。アルバム一枚聴いても最初から最後まで一度も切羽詰まらない。「今日はドラマの最終回、やっぱ見んのやめとこう」とか、「僕のルーク・スカイウォーカーのTシャツは君だけを抱くのさ」とか、多分本気でこれが彼らのリアリティなんだろうね。グレイプバインとかやおい系に見えてくるぐらい漂白された世界観。風呂屋の壁の書き割りの青空みたいな。でもそれも人生の重要な一面だと思うよ。下を見てしか歩けない日もあるし、世界が果てしなくバラ色の日もあるし、その両方があってこその毎日だからね。


で、こっからが本題なんだけど、CDを買うって言うのは選挙とは違うので、誰かひとりにだけ愛を注ぐんじゃなく、その両極端の彼らを同時に好きになることができちゃうんだね。僕は今、彼ら2組の曲を交互に入れたMDなんか聴いてる毎日だけど、その幸せ度の高いこと高いこと。「うわーい、僕を乗せて地球は今日も回ってるぜ」って気になれます。お互いの足りない要素を埋め合わせた奇跡のカップリングは、当分僕を勇気づけてくれることでしょう。疾走しろ! オレ。