lovefool

はてなダイアリー版(1995〜2018)の過去ログです。更新はありません。

オメデト。


オレニュース。


「マル愛喫茶」のあいちゃん、「モシュモシュ」のモシュさんによる奈良-東京間を結ぶユニット「モゴ」はみなさん既にご存じのことかと思いますが、この度その新しい企画「モゴノワ」がアーバナート展の佳作に入選した模様。11月の半ばに授賞式もあるそうなので、同日頃、モゴとしてまた何らかのライヴ企画があるんじゃないかと思います。21世紀を担うアーティストのふたりに大きな拍手を。そんで、僕からもオメデトさん。もう世界は君たちのモノだ。


「モゴノワ」の説明&詳細は近々アップされるそうなので、僕からの説明は省きます。是非そちらを参照して下さい。モゴってなぁに?って人や、先物好きな君は今すぐチェック。ぼやぼやしてると時代に乗り遅れるぞ。

本「スーパーヒットゲーム学」飯野賢治

スーパーヒットゲーム学

スーパーヒットゲーム学

僕は「デザイナー」という職業に憧れてデザイナーになったんじゃありません。単に工作やお絵かきが好きで、それを都合よく続けたまま大人になるにはどうしたらいいかと考えてたら、どうやら工業デザイナーっていうのが一番それ風という触れ込みだったので、なりました。だからホントのとこは「絵や工作をして生活をする人」になりたかったわけ。まぁ夢達成率75%ぐらいの感じかな。


で、よく聞かれるのがどうして美大を出ていながらゲーム会社に入ったかって話なんだけど、普通は工業デザインというと「車」とか「オーディオ」「家電」あたりが花形なんだよね。まぁ、入学当時はそのつもりで僕もいたんだけど、社会的に不景気とかがやってくるとその隠された裏面が見えて来ちゃったんだな。


車はもう誰の家にもあるし、テレビやCDプレーヤーも、エアコンも電話も冷蔵庫も、みんなみんな持っている人ばかりで、お金がない時代にどうしても買い換えなきゃってひとがあまりに少ないんだよ。それはどういうことかっていうと、会社的にこれから斜陽産業ってことなので、まばゆい未来が待っているはずの僕がわざわざ沈みかけた船に乗ることもないだろうと思ったんだね。


で、これから急上昇株で、なおかつ楽しいことばっかり詰まってそうなのが、ゲーム会社だったって訳。工業デザインの基礎中の基礎である「インターフェイス(操作系)」のデザインはまだ昨日始まったばかりという感じだし、画面の向こうには何をしても無限に自由な3次元空間が拡がっているし、最先端の人たちがぐわーって集まって来るし、なにしろ映画とかと同じで、ストーリー、演出、音楽なんかを含む総合芸術だってとこがかっこいいじゃないですか。


まぁ、この辺の幻想は入ってから半分以上砕かれたりするわけだけど、ゲームそのもののすばらしさには、僕の目は未だにくらんだまんまだね。


ゲームには制約があって、それは容量だったり、基盤の性能だったり、コントローラーのボタンの数だったりと、外側から決まってきてしまう要素が多いんだけど、そのなかでやりたいことをなるべくゆがめずに、削って磨いて「魅力」や「夢」や「感覚」をワンパッケージに押し込めるという作業そのものが「デザイン」だと思う。


この本にはそうした今のゲーム業界の創世記を担った代表者6人(宮本茂、鈴木裕、飯田和敏堀井雄二遠藤雅伸岩谷徹)と飯野賢治の対談。このメンバーって言うのは単にヒットメーカーの重役ってだけでなく、ゲームそのものが「発明」であった時代を生き抜いた一番最初の「画面の向こう側デザイナー」たちだと思う。すばらしいヴィジョンを持っていたのはもちろんのこと、そのヴィジョンをどう整理したら「遊び」としてパッケージできるかってことまで責任が持てた最初の人たち。マルチな才能を求められる現代に最初に適応できちゃった才能の人たち。


この本にはその当時の心意気や発想の突飛さが溢れていて、ドキドキやうきうきがとまらなくなってしまいます。中には僕がいつもスケッチを持っていっては怒られたりしている上司が混じっていたりとなかなかスリリングな部分もあるけど、この本を読んでからだとプレゼンの心構えも少しは変わるやね。若きクリエイターなら必読です。

にじんでこぼれる(お便りから)

傷つくのがわかってるのに会いたいっていうのは確かにあります。会えないより傷付いてもいいから会っている方がきっと楽なんだろうと思います。

彼女は強いね。すっごく力になってるんじゃない? はっきりいって羨ましい。とにかく、混乱してもいつかそれが収まるんだから、いい時を想像して楽しくなっちゃって、それから本当に楽しくなればいいんだと思うよ。

人を好きになった時って人にもよるだろうけれど、相手に恋人がいようといまいと仕方がないと思う。自分の気持ちに正直になるとしたら、ね。少しの時間でも良いから自分の事を考えてもらえるだけでいいと最初は思うんじゃないかな? 振り向いてもらえれば脈はあるかな? とか? 私の場合もきっとそうだね。満足って人それぞれだもの。気持ちって移ろいやすいものだと思う・・・自分の気持ちさえ「ずっと変わらない、」なんて絶対的な自信はもてない。

時間は流れていきます。きっと時間とともに解決してくれるって信じています。でも,前に進むのは自分です。自分の一歩は自分で踏み出さなきゃ。時間の中に取り残されないよう,流されないようしっかり前に進みたいって思います。


「はい」と出て「あたし」で始まる突然の電話。
その突き抜けたずうずうしさに
僕はなんだか晴れ晴れした気分になってしまうのだ。